U R not alone

NO NEWS NO LIFE WITH LOVE

風の絵の具は何色

 

あと僅か数ヶ月で平成がいよいよ終わるわけですが(カモ〜ン‼︎‼︎慶の字の入った新元号‼︎‼︎バッチコーイ‼︎‼︎)、まるでそれとタイミングを合わせたかのように、「あぁ平成が終わるんだなぁ…」という思いを一層深めるように否が応でも掻き立てるように、多くのアイドルやアーティストやアスリートの方々の引退の報が去年から今年にかけて次々と、最早続々と続きましたね。。昭和生まれだけどわたしの記憶の組成は九割八分くらい平成で出来ているので、ひとつの時代の終わり感がもの凄いです。物心ついてちょっと経ったらそこはもう既に“平成”だったからなー。小渕官房長官が“平成”を手に持つ姿は何となく覚えていて、30年間最初から最後まで知ってる感じで、その前のことはあんまり記憶にない。

そう何となくセンチメンタルになっているからでしょうね、あまりにも沢山の引退が通り過ぎたから、あくまでも自分のリスクマネジメントとして、『いつかやって来るかもしれないその日』に『自分が陥るかもしれない思考』と『だとしてもこうありたい!と願う姿』についてツラツラと考えていました。いつかやって来るのかもしれない、大好きなアイドルがアイドルを辞める日。

何も“その日”がいつかきっと来るはず…と震えて身構えているわけでは決してなくて、でも“生きている人”を応援している以上必ず一定のその可能性を孕んでいるのだということには自覚的でありたくて、あぁ〜そんな日なんて来ないよ来ない!絶対!大丈夫大丈夫ぅ!と胡座をかくのはいささか不遜であると思うんです。わたしはね。わたしはだよ?だって相手は“人間”だから。生きて呼吸して考えて行動して変化だってしていく人間だから。信頼と盲信は違うし、足枷と絆もまた似て非なるモノ。一方的に寄り掛かかるんじゃなく、個対全だとしても、支え合うために。自立的かつ自律的であれ、わたし。

いい大人だからそういう七面倒臭いこと考えちゃうのかな〜?でも、真剣に七面倒臭いこと考えるの結構好きなんだよな〜?笑 ある意味真逆なうちの小山担みたいな爆裂猪突猛進、あまりにも真っ直ぐ過ぎて一周回ってメンタル不安定みたいな一喜一憂激しい恋もまた、尊いしキラキラと眩しいです。あまりにもフレッシュな眩しさに目潰れそうだわ笑

リスクマネジメントしたがり、これはもうわたしの経験則。しょーがないの。性分。あと大人だから。大昔、完全想定外の推し脱退という事態に死角から後頭部ブン殴られて気絶しかけたことがあったからしゃーないし、去年、想定や経験は力だということを秋の停電で実体験として改めて思い知ったからしゃーない(実はああいう停電の経験は二度目でした)。それこそ想定と経験は似てまっっっったく非なるモノなんですけどね。でももうノーガードではブン殴られないぞ!(乂'ω')

 

そんな七面倒臭いことを考えていたので、Twitterでフォローさせてもらっている とある方が『アイドルがアイドルを辞める決断をした時にどうありたいか』を綴ったツイに、おこがましくも、私的タイムリー過ぎてポカホンタスの好きな台詞を引用して脊髄反射でリプしてしまいました。。いや本当おこがましいぜ…突然…ビックリなさったかしら…汗

突然ですが皆さまポカホンタスご覧になったことありますかー?!?!

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風の色は何色か〜♪で!す!よ!ザ名曲!!わたし、ディズニー映画は何と言っても歌が好き!音楽が好き!アラン・メンケンハンス・ジマー、名曲いっぱい!好きなとこあちこち齧っただけで、クラスタにはほど遠いのだけれども!CGじゃなくてフィルムな時代が特に大好物です!

FNSさま、いいえ各局各音楽特番さま、ディズニーメドレーに今後もどんどんどんどんNEWSくん起用して下さい何卒よろしくお願い致しますm( . ̫. )m 名曲とNEWSの親和性!!!!⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾

今一旦ブログ書く手止めてYouTubeでColors Of The WindとかHow Far I'll Goとか聴いて来ちゃったくらい好きなんですけども(知らんがな)(脱線すいません)、ポカホンタスにはとっても好きな台詞もあって。

I'd rather die tomorrow...than live a hundred years without knowing you.

自担の決断に際し、怒ったり詰ったり非難したりすることは、多分わたしの性分的にないと思うんです。多分。もう干支一周するほど昔々のあの時も、わけが分からなくてただただ呆然として。どうして?だけだったかなぁ…。いやでも分かりたくないのに何か分かってたような節もあったなぁ。そっか、わたしの好きな“彼”は、彼の好きな“自分”ではなかったんだなぁ…って、呆然と真っ白に悲しかったけど、好きな人のこと、他でもないその人の決断のこと、否定したり憎んだり恨んだりなんて出来なかった。

今は、単純に比較すべきではないだろうけど、ずっとずっと彼ら自身の言葉や思いを沢山発信してくれて沢山受け取ることも出来て、ケプラー星のように遠いはずなのに何だか存在をポカポカと近くに感じて、あの頃好きだった人達よりもきっともっと身近に引き寄せて、きっともっと深く愛していて、だからもしその時が来たら悲しくて悲しくてポカホンタスみたいに

「こんなに苦しむのなら出会わなければ良かった」

って思ってしまうのかもしれません。人間って弱いからね。

でも、もしこの先の未来でそんな風に思ってしまう瞬間が来たとしても、わたしはジョン・スミスの言葉を借りて

 

『でも君を知らずに100年生きるよりずっといい』

 

そう絶対思い直すんだ。そう決めているんです。絶対。与えてもらった幸せは、それはもうわたしのモノで、誰にも、たとえ本人にだって奪えない。それがわたしの、シゲ担としてのNEWS担としての矜持。

「恋じゃなくて愛するって、そういうことじゃない?」って小首傾げて笑うのだ。そんで、ありがとうって言うよ。涙で顔ドロドロだって何だっていい、笑え!わたし!苦しい時こそ!あ、具体的に想定して考え過ぎて涙出てきたヤベ←

風の色同様、愛の色は見えないけれど、真っ黒に塗ったりなんかしない。極彩色に染め上げてみせるんだ。