U R not alone

NO NEWS NO LIFE WITH LOVE

オイおめーは一体誰担だよ、って思った話。

 

この歌にこんな苦しい想いをするなら、戻れたらどんなに楽だろう。掛け持ち出来る器用さがあればどんなに楽だろう。

でももう戻る先はないんだな。

名前は同じでも、魂は同じでも、歌と声は同じでも、振り付けは同じでも、これは私の一部だったものではない。これは私が実際に見たものではない。だって私が見慣れた踊り方ではない。あの人たちはもういない。こんな風に踊る人たちのことを、もう私はよく知らない。

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随分前に降りた理由が、時を経て今更突然有り有りと可視化されたみたいで、そこにいない人たちを探して、たとえ何年たってても最強にしんどくて。

平成最後のFNS音楽祭の、私がそんな風にボロボロと泣いていた瞬間は、瞬間最高視聴率を叩き出していました。

シゲ×オカリンにも発狂して、今年のFNS音楽祭は本当拗らせ倒した('、3_ヽ)_(シュタゲガチ勢なので「良かったね♡シゲ♡」では済まなかったですちょっとしんど過ぎて 0(:3 )~ =͟͟͞͞(’、3)_ヽ)_)

 

年の近いアーティストを好きになると、そして何年も何年も好きでいると、まるで一緒に年を重ねていくような気持ちになりませんか?私はなる。なった。私にとってまさにそれが彼らで、今尚ただ1人残るオリジナルメンバーと私、同学年なんです。あの頃私はまだ二十歳で、デビュー年からずっと追い掛けて、二十歳なんて大人なのは年齢だけで中身スッカスカの全然子どもだったから、まるであの10年弱で一緒に大人に駆け上がったみたいな感覚だった。

だから、降りてようが今は全然他を追い掛けていようが、どうしたって血肉になってるんだろうな。きっと私の一部はまだ昔の彼らで出来ている。離れて随分経つんだけどな。今年、色んな音楽特番で見聞きするたび、視聴後にHeads or Tails鼻歌で歌ってる自分にビックリした。完全に無意識。無意識に歌ってて、それ聴いて自分でエッ?ってビックリするの繰り返し。血が騒いだんだろうか?

振り返ると、ちょうど私がNEWSを追い掛け始めた2016夏からボーカリストである彼の留学が始まったから、後輩グループや派生グループを見ることはあれど、今年の夏頃までひとつの音楽特番の中で両者を見ることがなかったんですねぇ。突然鼻歌歌い出した自分にすんごく戸惑ったけど、よくよく考えてみると状況が変わってたんだな。えっ?お前誰担?今更何で?えっ?どした?ってそれはそれはパニクったけど。

 

いい歌だよね。最高視聴率、そりゃそうだよ。私も大好きだったもん。大好きだもん。

VOCALIST AUDITIONで、六様の声を聴いた曲。その後リリースされたものとは、当時歌詞が一部違ってた曲。聴けば聴くほどに痺れて、高まって、私の中にポッカリ空いてたどうしようもない穴を、ドキドキとワクワクと切なさで埋め尽くしてくれたみたいな歌。

きたえーるで2デイズ参戦した時、思わず涙を零してしまった曲。初夏のはずなのに、一転会場の空気が冬を纏ったフィンガースナップ。パフォーマー5人のターン。ピンスポットとソロ。

 

なのに今眼に映るものは私のよく知る姿ではなくて、同じようで全然違って、私には私の知っているものとは全くの別物にしか見えなくて、よく分からないけどそれが苦しくて、よく分からない喪失感にボロボロと泣きました。昔々繋いでたはずの両の手を見つめて、ぎゅっと握っても今掴めるのはパジャマの裾だけで、ぎゅーって握り締めて駄々っ子みたいな気持ちで泣いた。違う、違う、って苦しくて泣いた。

いや、失礼な話ですよ、マジで。本当にすみません。古のオタクが、しかもとうの昔に降りた奴が、勝手に一人で拗らせて申し訳ありません。誰に謝ってるのか分かんないけども。

それに、おめー誰担なんだよ、誰が見たくて何が見たくてこの番組見てんだよ、って改めて我ながら思った。だけど曲名が出た瞬間から既におかしくなってる自覚があって。アイデンティティ引きずり戻されてヤバいなぁって。今日はそっちに引っ張られる予感しかしないなぁって震えたら、案の定だったなぁ。だってねぇ、らばあげはアカンて…('、3_ヽ)_

 

トリガーは確実にその曲なんだけれど、もう何年も経っているのにこの生々しい苦しさは何だ、この喪失感は何だ、このしんどさは一体何だ、誰か名前を付けてくれ、誰が明確にカテゴライズしてくれ、そうして檻に閉じ込めないともう制御出来ない…!!

番組を見終わったあと、そんなどうしようもない苦しい気持ちを持て余しながら読んだその日のcakesに、タイムリーに欲しかった答えを貰えた気がしました。

あれは今更何の涙だったんだろ?オリジナルのパフォーマーである4人はもういないって分かってるのに、どうして今もその姿を探しちゃうんだろ?踊り方を比べちゃうんだろ?何でこんな辛いんだろ?

その解のひとつを、まきむぅさんのcakesが答えてくれた。

来年から離れ離れになる人を想い、涙が止まりません|ハッピーエンドに殺されない|牧村朝子|cakes(ケイクス)

「大切な人をその一部として成り立っていた自分」が、要するに「自分」がいなくなってしまうようで不安なの。

…そっか。

6人の姿、7人の姿を、その一部として私は成り立ってたんだもんね。切り捨てたつもりの過去も、未だ私を形成するものの一部なんだ。血肉になってるって自分でも思ってたじゃないか。好きだった事実と記憶は消えはしないんだから。

その人たちを一部として成り立っていた、あの頃の自分がいなくなってしまうようで辛い』 これか。これだ。

私、不安なんだ。今と繋がってる過去の「私」がグラグラするみたいな、いなくなってしまうみたいな気持ちになるんだ。

そうストンと腑に落ちて、慌てて手を伸ばしてそのしっぽを引っ掴んで、鳥カゴに入れて、扉をパタンと閉めて、ラベル貼ってとりあえず吊り下げて眺めてみてるのがです。

まずは自覚から始めて、もがいてみようと思います。その中で、元の立ち位置に戻るようなことがあればそれもまた一興。どうかそんな余裕持てないくらいのパワーで引き止めてね、と勝手に“今大好きな人たち”に願いつつ、とにかく心穏やかに見られる日が来るよう。

 

総括するとね、再始動の曲は“特別”。

偶然にも私はHEY!HEY!HEY!で出逢ってた曲、一番最初にジャブを食らってた曲であるチャンカパーナが、彼らや4人以前から長くファンでいらっしゃる方々にとって特別であるように、今もテレビやライブで聴く機会が毎年あるように、私にとってLovers Againは、こんな拗らせてしまうほど自分が思ってた以上に特別でした。リリース順としては第2章の2枚目シングルだけど、1枚目が出る前、オーディションの時からずっとずっと共にあった曲。元の歌詞も覚えてる。待望のシングル化に沸いた、特別な特別な曲。

 

こうやって折に触れ振り返ってしまう湿っぽい想いもぜーんぶ2018に置いて、そんなことあったっけ?くらいのスーパーポジティブハッピーな気持ちで来年を迎えたいです笑、頑張ろ。

 

 

FNS歌謡祭のあと、cakesを読ませてもらったあと、どちらの曲を聴いてもどうしようもなく辛くなるような気がして、また全然別の、よく聴いている好きなアーティストさんの曲を聴き始めました。全然違う歌で気分を変えよう!っていう気持ちで。

なのに結局、大サビ前の歌詞があまりにもその時の私に刺さって仕方なくて、結局ボロボロとまた泣いてしまいました。自分の輪郭が融けてしまうほど本当に本当に大好きだった人たちへの、その日の私の気持ちにあまりにも似過ぎていたから。

今更悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな
もう一度初めから歩けるなら
すれ違うように君に会いたい

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こんな拗らせて身構えないで、軽やかにすれ違うように。