U R not alone

NO NEWS NO LIFE WITH LOVE

同化して溶けて消えたゼロの話。

 

去年の今頃は、ウルトラFESのフェロモン対決に当てられ大層トチ狂った文章を書き殴ってましたが笑(以下参照)、

urnotalone.hatenablog.com

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今年は、比較的穏やかな秋を迎えられています(※ただし今のところ)(時間の問題)

自担主演ドラマ最終回を迎えるだなんて、そんなの絶っっ対とんでもないゼロロスに罹患しちゃうだろ!!!!不可避不可避!!!!怖い!!!!と危惧しておりましたが、思わぬ意外な形でソフトランディングすることが出来ました。

ただ、1クールの方のゼロは無事目的地に着陸することが出来たものの、週末には2クールの方のゼロロスで十中八九私はくたばっていると思われるので、生きてるうちに、今どうして無事に降り立つことが出来ているかの話を忘れてしまわないよう、つらつらと綴っておこうと思います。

週末の私、マジ頑張れよ、生きろ('、3_ヽ)_ 無印とシュタゲゼロを無限ループしてSteins;Gate世界線を目指せ。El psy congroo.(←やっぱり今年もトチ狂っているヲタク)

 

 

よくよく考えてみたら私、主題歌の「生きろ」については前々回くらいに暑苦しく熱量高めに想いをぶちまけましたが、“ゼロ  一獲千金ゲーム”に関するエントリーって書いていませんでした。何と一本も。放送終了後に気付いてビックリ(´⊙ω⊙`)オイ、オメーは誰担だ?

私は少年マガジンでの連載当時にリアルタイムで“賭博覇王伝 零”を夢中になって読んでたクチで、あの漫画の一ファンだけれどfkmtクラスタと言うわけでは全然なく、かと言って全く真っさらな状態で“ゼロ 一獲千金ゲーム”と対峙するわけでも当然なく、だから中途半端に分かったような口をききたくなかったのかなぁ?だから何も書いて来なかったのかなぁ?なんて、ほんの数ヶ月前の自分のことなんですけどね、ちょっと俯瞰で思ったりしてます。

ただね、ただただ嬉しかった。特にギャン鬼編なんて本当に夢中で読んでたから、ジュンコみたいにゼロを零チンって呼んじゃうくらいだったから、あの賭博覇王伝 零という作品が数年の時を経て自担の主演ドラマとなって自分の元に届くなんて、何か零チンが巡り巡ってまた戻って来てくれたみたいで、ただただ嬉しくて嬉しくて仕方なかったです。設定とか登場人物の改変はあれど、そんな不確定要素への不安もひとさじあれど、最高最強の舞台の最高最狂にヒリヒリするギャンブルや謎解きの数々、それらには絶対的な絶大な信頼があったから、そのドラマの主演を張ることが、とにかく何だか誇らしくて嬉しかった。本当はもっともっと冷静に考えうる全ての可能性に想いを巡らせたり心配したりしても良かったのかもしれないけれど、ただ嬉しかった。すっかり浮かれちゃってたんでしょうね笑。メンバー全員が出演するっていうのも、とってもとっても嬉しかったなぁ…。カズヤと小太郎のスピンオフのしんどみには度肝抜かれたなぁ…。「生きろ」通常盤の収録曲のどれもが自担の声から始まるのも、グッと胸が詰まるみたいに嬉しかった。感慨深かった。フワフワした足取りで進む、あっという間に1週間が巡る、嬉しくて嬉しくて幸せな3ヶ月間でした。

あまりにも幸せだったから、スピンオフ後藤ミツル編・後編を見終わってしまったらその瞬間に凄まじいロスに襲われるんじゃないか、もう零チンはどこにもいない…って感じて認識して悲しくて凹んで切なくてどうしようもなくなってしまうんじゃないか、全ての気力を失ってしまうんじゃないか。そんな心配をしながら23日の0時丁度、後編を見始めました。

 

後編には、零の出演場面が3シーンあります。これで最後、という特別なシチュエーションも相まって、基本全てのシーンで語彙力死んでキャーーーー!!!!(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾出て来たーーーー!!!!(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾って沸いてたのですが笑、1シーン目は登場早々に

あっ…!ドリキンの時のベスト+バンドカラーシャツじゃないぞ…!!爆イケ零チン…('、3_ヽ)_

と死にかけ、2シーン目の座る姿には

うっ…('、3_ヽ)_内股…シゲみのある座り方零チン…0(:3 )~ ('、3_ヽ)_

と殺されかけ、そんな有様で雑念や煩悩に苛まれつつも、でも外で話してる場面はどれも「零チン…」って思いながら瀕死の状態で見ていました。この零チンにもうすぐ会えなくなってしまう、終わってしまう、いなくなってしまう、ってセンチメンタルに。

 

だけど、3シーン目。後編としても最後の最後のシーン。ゼロが論文に添付する用の、証明写真をミツルが撮ってくれるシーン。

ミツルが、ゼロを笑わせようと、ダブルピースでシゲのあの顔をやってくれた瞬間。

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その瞬間、突然、零チンがシゲの中に溶けて同化して消えたみたいな気持ちになって。だから、次に映った顔は、最後の笑い声は、何か私にとっては「シゲ」でした。

そうだ、この人は加藤シゲアキだ。零じゃない。終わるなんて嫌だ嫌だって駄々をこねていたはずなのに、唐突にそうストーーーーンと腑に落ちて。だけど、いなくなってしまったんじゃない。零チンは、シゲの中の沢山の色んな要素や欠片や新たにインストールした何某かから生み出された形作られた人物で、だから他人を演じているけど厳密には完全な他人ではなくて、そしてその人物の要素や欠片や魂みたいなものは、きっと「中の人」に還る。同化して溶けるんだ。零チンは、今後のシゲを形作る彩るエレメントの一つになってくのかもしれない。どこにも行かない。いなくなんかならないんだなぁって。思いました。

 

ちょっと頭沸いてますけども笑、でもそんな想いにフワッと着地させてもらって、全編が終わった今、いなくなってしまった…っていう気持ちに全然なっていません。ロスってないの。あれはアドリブだったのかなぁ、だとしたら本当にありがとね慶ちゃん。

 

もしかしたらこの先、文字を書く姿に、右手の手のひらに、真っ直ぐ前を見据える瞳に、突然ゼロの欠片を感じ取っては嬉しくなったり切なくなったりしながら生きていくのかもしれません。

 

まぁそんなこんなでロスってないのは何よりなんだけれどもね、凹まず元気でいられて有り難いんだけどね?副作用としてあのダブルピースを求める気持ちが溢れまくってしまったので、私の私による私のための福利厚生を兼ねた治療として、Blu-rayしか持ってなかったWHITEの円盤、車でも見る用のDVDを自分に処方しちゃいましたよね←