U R not alone

NEWS愛とシゲ愛なら一切引かない

世界の片隅、いのちのうた

 

いのちのうたで「あやめ」が披露されると知り、

8月9日の広島先行放送から一週間と少し、

ツアー初日にソロを見た時の、あの立っていられなくなるかと思ったほどの苦しいほどの感動を衝撃を涙を熱を、

どうしても今一度体感したいという思いが募って、また体感出来るんじゃないかと期待して、

一念発起ツイッター断ちして、

寂しかったけど、人恋しさよりも4ヶ月半前恋しさが優って、

衣装も演出も何も知らない、真っさらな状態で全国放送を迎えました。

 

 

 

ツイッターなどで素敵なシゲ担さん達とお話させてもらうと、

シゲはこんなにたくさんの人に愛されているんだ….凄いなぁ….とか、こんな見方もあるんだ….こんな知らなかった所もあるんだ….とか、見聞が広まると共にテンションも高まって、元々結構な勢いで燃えている所に更に燃料投下し合ってるみたいで、

自分のシゲ愛が広く広く大きく大きく広がっていくように常日頃感じています。

 

一方、引き篭もってシゲ担さん達の言葉に触れたりお話するのを我慢に我慢した一週間は、

恋煩いみたいで、私の中の加藤シゲアキ像だけと膝付き合わせて向き合っていたような一週間で、

その深度が深く深ーくなっていくように感じられました。

火を点けて、ふるふると震えて丸く牡丹になった線香花火が松葉になるのを、玉を落とさないよう息を潜めて今か今かとじーっと見つめている時みたいな、静かで熱の篭もった時間。

小さくても温度の高い、小さな青い炎が灯っているみたいでした。

 

そうだった そうだった、そう言えば私ってウェットで一人の時間も全っ然好きなこういう自家発電タイプだった!って、久しぶり過ぎて我ながらちょっと目から鱗。

 

その時間を私はほとんど、

4ヶ月半前の記憶の中のあやめを掘り返したり引っ張り出したりひっくり返したり反芻したり暖めることに費やして、

まだ雪の残る真駒内アイスアリーナに時々心がワープして、

センステに浮かび上がった、アリーナの背の低い私には少し見づらかった、横たわり 呼吸や歌唱に上下する胸や、

ゴッホも描けないほどの〜のくだり、白い衣装に身を包んだJr.達を引き連れメンステ方向に進んでいく姿や、

バクステ側に振り返り、CD音源よりも言い放つように力強く感じた「飛んでやらぁ」をボーッと思い返していました。

まるで滑り台みたいだなぁと眺めた北側クレーン、そのちょうど足元にあたる席から、

「1234」の後 上方に伸びるクレーンを見据えるシゲを見上げて、

まさか、と息を呑んだ瞬間を思い返していました。

乗り移る南側クレーンの上に、フラッグが置かれていることに気付いたことや、

虹色の色数を数えたこと、

ハケる時、目の前の北側通路に降りて来て、花道の下へ消えていった姿を思い返していました。

備忘録としてしたためたはずの4月のブログには何故だか目もくれず、

記憶の中の姿とばかり対峙していました。

最早ちょっとした脳トレ

 

放送当日は、あやめを何度も何度も聴いては過剰にセンシティブになり、

クレーンを駆け上がる足の裏に何やら滑り止めみたいな物を貼っていたことまで子細に思い返して、そんなことさえトリガーになっては日中からちょいちょい泣いて笑。

この年でアイドルごとで泣ける自分に、感受性えげつない….って慄いたり、ただ年取って涙腺緩んだだけかもなって笑えて来たり、いい年こいて未だこんなに心を動かされることを持てていることが何だか誇らしかったり嬉しかったり、ずっと小さな青い炎と向き合っていました。いや、青緑色かな?

 

 

仕事や家事や育児に忙殺されている合間は、現実と記憶を行ったり来たりでそんな調子だったのに、

その晩、

いざ娘どもや夫が寝静まり自分だけの時間になったら、緊張感からソワソワソワソワして来てしまって、こんなんで残り3時間も持つはずがない、と何かで待ち時間を埋めたくなって、でもツイッターをじっくり見ることも何だか怖くて、

ちょうど借りたまま見ていなかった、“湯を沸かすほどの熱い愛”を見ることにしました。

シゲに因んで借りて来た映画だし!!!!

もしかしたら緊張で内容が全然入ってこないかな?という一抹の不安をよそに、私の人生トップ3に入るんじゃないだろうかと思ったくらい素晴らしい映画で、ボロボロボロボロ泣きました。

これ凄い好き。

時間を埋めるために見たことが申し訳ないくらい。

(完全なる余談ですが、仕事柄、最後に車に乗っていた場面と病院の場面の死相のリアルさに本当ドキッとした。メイクって本当に魔法。)

 

 

湯を沸かすほどの熱い愛、

いのちのうた、

どちらも私にとってフックになったのはシゲだけれど、

それ抜きでは、きっと関心を向けられていなかった私だけど、

素晴らしい映画、素晴らしい番組でした。

出逢わせてくれて、ありがとう。

 

ツイッターで、

加藤シゲアキは番組のメインMCではなく、主人公だった」

と呟いている方がおられました。

ハート何回押したって押したりない。

NHKで、司会をして、ロケに行って、グループとして歌って、ソロ曲を歌って。

 

大事に大事に最後まで取っておいた宝物みたいに色々回避して いのちのうたを見て、

今までで一番というくらい心底、

ツアー初日と同じ熱量で心底、

私はとんでもない人を好きになってしまったんだ、

という想いが迫って来て震えました。

 

 

歌番組のメイン司会、というだけの認識を持って見始めたら、色んな映像のナレーションあり被爆者の語り部の方へのロケありで驚き、そのロケでは、受け継ぐ・語り継ぐ・繋いでいく決意が語られ、

この間、もうすぐ語り部の方々がこの世界からいなくなってしまう、本当の力を持った本物が世界からなくなってしまう、という焦りにも似た感情をこっそり含んだブログを綴った私に、

これからの未来の、ひとつの道を指し示して貰えたように感じました。私的タイムリーに震える。

 

そのロケに続く、U R not alone。

 

多くの人達に囲まれ、笑顔の大きな声の合いの手やコーラス、手拍子に包まれる姿に、

真駒内で大声で歌った夜をまた思い出しました。てごちゃん、オーオオーじゃなくてウォーオオーって一緒に歌ってくれたね。

放送が家族の寝静まった深夜でさえなければ、私もHey!って言いたかったし、手を叩きたかったし、オーオオーって歌いたかった!

CDと、ライブと、音楽の日と、いのちのうた。

大好きな大好きな歌を、いつも生歌だからこそ何パターンも聴けるなんて、シングル曲でもタイアップ曲でもないのに、NEWSファンは何て幸せ者なんだろうと改めて震えました。

大好きなシゲは言わずもがな、天に向かって手を伸ばすまっすー、画面の向こうから指差してくれるてごちゃん、そして「僕が見てる」で自分の目を指差す慶ちゃん、全部全部大好きです。

大好き過ぎて、想いを乗せ過ぎて、この歌は いつも泣いてしまいます。

シングル曲でもタイアップ曲でもないけれど、こうして披露していくことでファン以外の人にも知れ渡って、多くの人に寄り添って多くの人を支えて、たくさんの人に愛されて、NEWSの代表曲と認識される曲に育っていくといいな。そう願っています。(24密かに期待してます♡)

 

 

放送前、

南こうせつさんや石川さゆりさんといった大物出演者の面々の情報を見ながら、

トリは誰かなぁ、大御所かな?紅白の蛍の光みたいに、みんなで合唱かな?それがU R not aloneなら嬉しかったなぁ、まさかトリはあやめかな?なーんてな、フフフ(*´艸`*)

と思ってました。

 

最初は、シゲはいつかな?次かな?とドキドキしながら見始めて、

そのうち色んな歌や映像に真剣になって夢中になって、次かー?次かー?!って気持ちも忘れて見入っていて、

ふと時計を見たら、めちゃくちゃ終盤。

 

えっ….これ、フフフとか悠長に言ってる場合じゃないんじゃ….?!?!((((;゚Д゚)))))))

嘘….トリ….?まさかトリなの….??

 

トリなんて高まるー♡って単純に喜べたら良かったんですが、

一アイドルのソロ曲に、そんな凄いことが起こっていいの?!?!そんな大抜擢かつ喜ばしい誇らしいことあっていいの?!?!夜中とは言え地上波NHKだよ?!?!この番組、少プレじゃないよ?!?!これ現実?!?!夢?!?!ドッキリ?!?!:(´◦ω◦`):って緊張し過ぎて震えて手に汗握って、

直前にソワソワを持て余して映画見始めた時並みに、終盤、所在なくソワソワソワソワしていました。

(´・д・=・д・`)

 

そのうち、

テレビ番組の終わりに画面下方によく流れる、色んな人の名前、エンドロールのテロップがダーーーーッと流れ始めて、

えぇっ?!?!あやめは?!?!って一瞬ビックリして、

でも画面の左側に「ソロ曲披露」を見つけて、心拍数が跳ね上がる。

どんな演出?どんな衣装?試合でも告白でも受験でも面接でもスピーチでも こんなに緊張したことない。

折角シゲがメインMCを終えてコメントしていても、半分くらいしか耳に入って来ない。半分耳に入っても、その半分も脳まで到達しない。笑って話していることは視覚的に分かるけど、無声映画みたいに音声がほとんど届かない。

 

そんな中「加藤シゲアキで、」でハッと我に返り、

直後に映像がパッと切り替わり、

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その瞬間、泣きました。

「あやめ。」が聴こえてきた時には、

もう、ブワーーーーッと涙腺ブッ壊れていました。

声にならない声で、「嘘….」と呟いていました。

 

これは再演だ。

表現者 加藤シゲアキによる、あのNEVERLANDの再現じゃないか。

見た瞬間に分かる、俄かに立ち昇って再び目の前に現れる、NEVERLAND。

ここは今もまだ、出口のないNEVERLANDの中なのかな。

毎日触れられるようスマホに付けてある、鍵を握りしめて泣きました。

懐かしい姿。冒頭私からちょっと見づらい角度だった、大好きな姿。大好きな衣装。

懐かしさに胸が詰まるのは、ツアーのEMMA、PV衣装で出て来てくれた時、既に見たことのある衣装に嬉しくて嬉しくて泣いた時に少し似てる。

衣装も始まり方も、あの時と同じ。

驚きと喜びと感激と感謝で、感情ぐっちゃぐちゃになりました。

 

情報遮断、私には正解だった….。゚゚(つ口`*。)°゚。

 

序盤は、

天井からの俯瞰やバクステ側にあたる方向からの映像で、どれも見たことのない画で新鮮で、

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初めてきちんと見ることが出来た、時計の針のような振り付けは、ライブ終盤、同じような時計モチーフの振り付けで 目の前の福士くんと一緒にNEWSを起こすため踊ったことを思い出しました。

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中盤は、

CD音源より強めの「跳んでやらぁ」と手の甲をこちらに向けての「1234」が、繰り返し繰り返し思い返していた姿とピッタリと重なりました。

とにかく終始、何だかずっと泣いてました。

Jr.の群舞の中、後方に渡辺大輝くんを見つけられたのも嬉しかった。

 

クレーンを裸足で駆け上ることは実は危ない、と以前シゲが言っていて、きっとNHKであのクレーンは無理だろう、じゃあテレビで“虹”はどう表現するんだろう、“雨の弓”をどうやって渡るんだろうって放送前からずっと考えていて、

何故か、あやめも広島収録同様にどこかのホールのステージで撮影するものと思い込んでいて(←今にして思えば、そんなバカな笑)、今回のあやめは平坦なのかなぁとさえ思っていて、

だけど物は考えよう、私の乏しい想像力は、私に大きな大きなサプライズを運んで来たのでした。

 

シゲの後方、大きな高い階段に、そこにパッと灯った灯りに、広い広いスタジオでの撮影に、驚きと感謝しかなかった。

 

ツアーでの“虹”の演出に、私、本当強い思い入れがあって、

でも強過ぎて、

階段を登り切った場所に、「当然あるはず」とフラッグを傲慢にも探してしまいました。

だから「あ….ない….」って一瞬寂しくなって、でも「そっか、全部同じとは限らないか!じゃあ今回はどんな演出かな?!」ってカラ元気で蓋をして、寂しさに気付かないフリを決め込みました。

cause i need u〜からの大きな動きと、自担ロックオン過ぎてライブの時はほとんど目を向けられなかったJr.の踊りを、記憶と照らし合わせながら見入っていました。

 

そうやってフラッグの不在をどこか痩せ我慢していたら、蹲み込んだシゲが後方に手を伸ばして。

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あ、フラッグだ。

震えた。

あぁやっぱりフラッグだ。ドラクロワだもん、やっぱり持たないはずがない。

そう思っていたらシゲの右の背中越しに柄が見えて、

大きく旗を翻して。

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基本ずっと泣いていたのですが笑、

この一連の下りで、オープニング並みに涙腺決壊しました。

蹲んで手が画面から見切れた辺りから確信で泣いてた。

鳥肌が止まらない。

口元覆って泣きました。

 

ここまででも十分過ぎるほどドラマティックだったのに、

曲の最後、フラッグが空を切って、

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暗転。

 

そしてそのまま番組のラスト。

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余韻に茫然としました。

こんなことが起こっていいのか、こんなシゲ担の為みたいな世界に私はいたのか、って震えて茫然としました。

私はやっぱり、とんでもない人を好きになってしまったんだ。NEWSはみんな、王道とは少し違った突出した凄い魅力を持っている凄いアイドルだと思って来たけど、それにしてもこの人はとんでもない。“めっちゃ高い所”、その高みは一体どれほどか。本当に底が知れない、ただのアイドルではない、この人は表現者だ、と痛感させられました。

全編通して、まるで絵画みたいだった。ミュシャドラクロワと絡めて私は前からそれを知っていたはずなのに、改めて目にする姿は、もう暴力的なほどの美しさで圧倒的だった。

いやー、泣いた泣いた。

 

 

 

芸術性が高過ぎて もしかしたら好みが分かれるかもしれないけれど、私も自分が咀嚼し切れているのか分からないし圧倒されるばかりだけれど、

でも世界のどこかで誰かが、

シゲが “いのちのうた”に込めたメッセージや想いを受け取って、

平和について改めて考えたり、愛の多様性に想いを巡らせ、

諍いがひとつでも減る一助になったら、本当に素敵だなと思います。

 

大きなこと、大きな平和を成し遂げるためにはきっと、ひとつひとつの小さな平和を積み上げていくしかないから。

 

テロとかKKKとかミサイルとか色んな国の圧政とか不穏なニュースを日々見聞きして、

それらの諍いごとはシンプルな正義vs悪じゃなくて、それぞれ信念を持った当事者にとっては正義vs正義の図式だから起こってしまうし なかなか消えないけど、

多様性を認め合えたらきっと違うんじゃないかなと私は思うんです。

海外のことだけじゃなく、日本の中の色んな差別もきっとそう。

 

世界の片隅でそんなことを感じながら、

でもそのためにちっぽけな自分に出来ることは一体何なのか途方に暮れながら、

だからって何かすることや考えることを放棄しちゃいけないと身を引き締めて感じながら、

心の琴線が震えに震えた夜でした。