U R not alone

NEWS愛とシゲ愛なら一切引かない

引き篭もり

 

どうやら、

地域毎でタイムラグのある状況でテレビ放送される“いのちのうた”に対してツイートすることが、

ネタバレだとか それはネタバレじゃないとか、

ネタバレして欲しくないとか、

ツイッターで様々な意見….と言うより寧ろ論争のようになっていたようです。

 

ネタバレ厳禁が公言されているライブとは違う、地上波の放送に対して、

ネタバレするなと人に“求める”のは勿論勿論 論外ですが、

個々人が“して欲しくない”と“心の中で”思ってしまうのは仕方のないことだよなぁ、どうしようもないよなぁと思うので、

事前に知りたくないならば自衛をすればいいだけのこと、

牙を剥き合ったりすることなく、

誰のどんな考え方でも、そこにただ存在するだけのものとして内包してくれる場にツイッターがなればいいのになぁ….と思います。

勿論ツイッターを情報発信として使用されている方もおられますし、私もそれを活用させていただいていますが、

元来はきっと、気負わずに“呟く”、場のはずですから。

 

 

かく言う私は、

今回の“あやめ”、どーーーーしても初見で見たいと思ってしまって、

シゲちゃんのソロ全般なのですが歌と言うよりも“一作品”と捉えてしまっているので、

どんな演出なのか、どうしてもスマホの小さな画面では知りたくない。

あの日、彼がまさに目の前でクレーンを駆け上がった衝撃が、あの時の涙と熱が、まだ自分の中に残っているから。

あの“感動”なんて言葉じゃ言い表せない感情に、どうしても もう一度触れたい。

なので、

昨日から完全自衛体制に入っています。

ビビってツイッターに触れない有様。

(向こう一週間、今までツイッターを見ていた時間で毎日ブログ更新でもしましょうかね)

 

 

だけど、シャットアウトを始める前にTLを眺めていて、

….これは悪いことなのかな。

一ファンとして盛り上げないのは、悪いことなのかな。

初見にこだわったりしないでTLでちゃんと見て、盛り上げるべきなのかな。

誰も呟くな!なんて微塵も思ってなんかいない。

私もジャムの晩、音楽の日の晩、実際に顔を見たことのないどこかの誰かのツイートに、どれだけ助けられたことか。知りたくて嬉しくて救われたことか。

知りたい人もいる、盛り上げたい人もいる、

でもまだ知りたくない私がいて、

自衛体制で盛り上げないことを どこかに謝罪したくなってくる、しなければならないような気がしてくるのは、一体何故なんでしょう。

独り相撲をして、何だか酷く苦しくなっています。

 

 

私のツイッターは、

優しい方々と繋がらせてもらえて、

どうも手広くやれない性分だからその方々も少なく、不特定多数の目に触れるようなこともなく、

こうして引き篭もっていても、例えば もしネタバレだ!と呟いたとしても、聞き流して下さって きっと叩かれる環境にはないけれど、

でも、 

見知らぬ誰かが叩かれる時・非難される時、

そこまでの極論を持ち合わせてはいなくても、

少ーし似たような考え方を自分が持ってしまってるような気がしたら、

引き寄せて疑似体験してしまうのかな、なんて思いました。

うーん、まだまだこの苦しさを上手く言葉として噛み砕けてはいません。考え中、悩み中。

 

集団心理ってきっと誰の中にもあって、

正解のない事柄でも、何だか集団の考え方こそが正解かのように思ってしまう。

少なくとも私はそうで、

見なければ影響されないけれど、

見たらどうしたって どこかしら影響されてしまう。

 

ツイッターをしていない友人エイターならば、

自分の好きなようにしたらいいのに?と、きっと言ってくれるでしょう。

 

でも、

共感したり、フォローさせてもらったり、勝手に慕ったり、有難い情報やデータをいただいたり、お話したり、お世話になったり、本当に多くの素敵な方々がいらっしゃって、

みんなが正しくて私がおかしいのかも。

どうしてもそう思う私もいます。

 

 

私は、

物事を考える物差しを、愛し方を、他人に委ねたりはしたくない。

常々そう思っていて、

それはきっと、例えシゲにだって委ねたりは出来ません。

私は私なりに、私の中のNEWSを見つめることしか出来ません。

ファンの数だけファンの中に、それこそ星の数ほどNEWSの色んな姿があるのでしょう。

 

そんなことばかりをつらつらと考えて、

“自分”でいることって、

この年になっても案外大変だなぁ、なんて思うのでした。