u r not alone

NEWS愛とシゲ愛なら一切引かない

正論は正しい、だが正論を武器にする奴は正しくない

 

 

その立場になったこともないのに、

自分ならこうする、と正論ばかり言って来る人の言葉に傷付いて、

その人の想像力が乏しい部分が本当に嫌で、

でも間違ったことを言われているわけじゃないから、

おかしいのは自分の方なんだと苦しかった時期がありました。

 

そんな時に、救われた言葉。

有川さんの著書の中の言葉です。

 

言っていることは正しくても、

その人は きっと正しくはない。

救われると共に、自省も貰った言葉。

心に留めて、言葉を発したいなと思っています。

(仕事モード全開の時は、キツくならないよう特に笑)

 

 

 

 

 

 

彼らを取り巻く色んな物事に、

モヤモヤ通り越して、

だんだん私いきり立って参りました。

 

凹むとか削られるとかの、

次のフェーズに突入。

 

個人で吠えた所で….ではありますが、

先程の舌の根も乾かぬうちに、

ちょっと暴言モード失礼致します。

 

 

語尾ね。

本当ごめんなさいね。

 

 

諸々の情報を踏まえた上で、論点が違うなどなど指摘や批判なさるのは、

なるほど、そういう見方もあるのか、

と思うことだってあるくらいです。

同意は出来かねても、

それはただの見解の相違。

人の数だけ色んな論調があって然るべき。

 

 

ですが、

噂話とか、ネットニュース程度の話を聞き齧っただけの方が、

さもそれが総論であるかのように語り、

精査もせず事実・真実のていで語り、

したり顔で正論でブッた斬りなさるのは、

 

我慢ならん。

 

個人レベルでは勿論のこと、

それがフォロワーの多い著名人であれば尚更、

発言には繊細さやきちんとした事実確認を求めたいのは、

私のエゴなのかな。

 

即 事実と受け取られかねないのに、と思うのです。

発言力があればあるほどに。

良くない話であればあるほどに。

 

 

いちゴシップに、

全ての情報を集めて精査せよなんて思っていません。

それは乱暴だから。

 

ただ、

思考停止しないで、

右から左に垂れ流すんじゃなくて、

何事にも、

本当の所はどうなのかな?

という視点を持ち続けたいんです。

想像することを、

放棄したくないんです。

私の沼

 

 

今週のお題「私の沼」

 

 

まぁ何とタイムリーなお題でしょうか。

私の沼は、彼らの言葉や想い。

 

 

 

 

昨日の日中ここを更新した時は、

決意表明みたいな、宣誓みたいな、

文章化して深呼吸、

という思いでした。

 

 

ドキドキしながらMCレポを待って、

蓋を開けてみたら。

 

ドキドキする必要なんて何もなかった。

分かっていたつもりだったけど、

私なんかが思っていた以上に、

彼はどこまでも彼だった。

らしさが爆発していた。

 

オトナの決まり事や意向を冒してまで、

自分でちゃんと伝えることに何よりも重きを置いて、

誰よりもファンに対して真摯に、

ドキドキしてしまった後ろめたさみたいなものも全て引っくるめて掬ってくれる言葉で、

だから好きなんだよ!!もう馬鹿!!大好き!!!!

って叫びたいほどに。

 

 

 

 

これはイレギュラーな発言である、

誰もが自分のように語るわけではない、

だけどそれは記事が事実だと認めていることじゃない、

という下りを読んだ時、

私は、

3月の一件も含まれているのかな、

なんて思ってしまいました。

 

事務所の意向に対する個々人の考え方の問題だけでなく、

大前提として、

キャスターとしての仕事やCMがあるので、

決まり事に、より従わなければいけない立場なんじゃなかろうかと思います。

だから語らないけれど、

決して語りたくないからではないのだと。

 

 

 

もう、本当どこまで優しいんでしょう。

自分が語る言葉から、零れ落ちてしまう人が最少であるように丁寧に。

 

受け取り方は人それぞれだから、

当然、賛否あるでしょう。

万人から合格点・及第点を貰うことなど、

不可能です。

 

でも、

こんなに馬鹿正直で、

真っ直ぐにファンを愛しているアイドル、

私は他に知りません。

NEWSの中ですら、

彼は群を抜いている。

 

だから私も、

真摯に真っ直ぐに、言葉を受け止めたいと思います。

 

 

 

それにしても、

そんな実像とパブリックイメージが乖離していて、

今回みたいな報道の標的になりやすい現状(だってFBに他タレントの写真だってあったのに)、

凄く歯痒い。

昨日のMCがニュースになることはなくて、

きっと、先日の報道のイメージばかりが独り歩きしていく。

 

確かに、好きの反対は無関心。

ただ、

タイアップとかCMとか、仕事のオファーを受けるとなると、

パブリックイメージの存在は、きっと大きい。

 

 

そんな現状を打開すべく、

彼は彼らしいままで、

実像とイメージの擦り合わせを ファンが担っていけたら素敵だな、なんて思います。

 

 

urnotalone.hatenablog.com

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最弱で最強の力

 

 

自担グループに限らず、

色んな報道が多々流れて来て、

 

見たものしか信じない!

こんなことで揺らいでたまるか!失ってたまるか!

 

の精神とスタンスを貫く所存ですが、

じゃあ傷付かないのかと言うと、それは別で。

 

 

真偽の不確かな情報や、

暴論や振りかざされた正論に対して、

取捨選択を常に意識するように心掛けていますが、

そのふるいにかける時、

判断するために目にする時、

 

結構削られる。

 

 

当初あんまり自覚はなかったんですが、

まぁ〜ブログの筆が進まない進まない笑

 

書きかけの下書きが結構な量になってきて、

あれ、もしかして私おかしい?

と気が付きました。

思いの外、削られている。

自覚以上に。

 

 

自分の関わった人さえ不幸にならなければそれでいい。

自分の見る部分さえ綺麗ならそれで。

知らないところにどれほど汚く、醜く、残酷な部分があったとしても、

それを直視することがなければ知らなかったことにして穏やかでいられる。

世界が美しいなんて嘘を信じたままで。 [有川浩]

 

 

もっと知りたいと思って飛び込んで、

その反面、以前ならきっと知らずに済んでいたことも入ってくるようになって、

盲目にはなれなくて、

見なかったことには出来なくて、

大好きだからこそ、

真偽の不確かな数々のことに少し疲れて。

 

 

だけど、

もういい大人だから、

世界は綺麗事だけでは出来ていなくて、

 

“世界はこんなに美しい”

 

というのは真実であり虚構だということも十分分かってしまっていて。

 

 

だから、

こんなことくらいで揺らいでたまるかと思って、

また立て直す。

立て直す力を、

本人から貰ったりして。

 

そんなことを繰り返している気がします。

 

 

私に出来ることは、

ただ、

愛し続けることだけ。

唯一で、最大の。

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昔話を少ししてみよう

 

 

とても素敵な恋物語〜♪ではなくって、

 

一昔前の話を。

 

たわいもない戯言とお聞き流し下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

本当に一昔前、10年くらい前、

あるアーティストが好きで好きで、

会員登録制の、アーティストHPに登録していました。

Johnny's webみたいな。

 

TwitterやインスタのようなSNSもなかった頃で、

ファン同士の交流は、

掲示板(‼︎)で行うことが出来ました。

↑時代‼︎笑  そもそもみんなガラケーだったからね‼︎

 

 

 

その中に、

多大に憶測も含みますが、

ひっそりと、

アーティスト関係者の方がいらっしゃいました。

あくまでも匿名で です。

 

 

HNと語られる内容から、

分かる人には分かったかもしれません。

でも、

一ファンとして、

優しい素敵な言葉を綴っておられました。

身内だからこそ知り得る内情を明かすことは、

決してありませんでした。

もしかしたら気付いていたであろう方々も、

HNの向こう側は意識せず、

ファン対ファンとして、

本当に素敵な関係性を、

掲示板の中に作っておられました。

 

 

 

ですが、

他メンバーの、もはや名物とも言えるほどだった関係者の方への非難をきっかけに、

ある日、

その方も批判の的になりました。

 

 

すぐにその方は引き際と悟り、

詳細は語らずに、

真相は語らずに、

親しい方々に向けた別れの言葉だけを残して、

掲示板から姿を消しました。

 

そのあとは、

いくら誰がどう呼び掛けても、

もう、返答はありませんでした。

 

 

 

(きっと、見て下さってはいたんじゃないかな、と思います)

 

 

 

 

褒められた事ではなかったかもしれません。

芸能人であること、

その関係者であること、

色んな制約やハードルや、時に足枷や、

有名税なんて言葉が存在するくらいです。

きっと、いいことばかりじゃない。

意識が高いだの低いだの、

捉え方ひとつで、

いかようにでも、どうとでも言うことが出来ます。

外野が言うのは簡単なこと。

 

 

 

素の自分で話をしたい思い、

ただのファンとして語りたい思い、

関係者だからこそ実生活ではそれは叶わない思いで、

 

守りたかったですね、私は。

だから、

直接お話したことのなかった私ですら、

悲しくて。

 

 

 

昨日の色々で、

暴露って誰得なんだろうとか、

匿名って一体何なんだろうとか考えるうち、

そんな昔のことを思い出しました。

 

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今日の〇〇。

 

 

まっすーがNEWSの衣装を担当していることに対して、

流行りはそれなりに追い掛けているけど 芸術としてのファッションには とんと疎い私は、

凄いな〜💛

センスと才能があるんだな〜💛

とだけ思っていました。

 

NEWSが格好良く見える!!!!

まっすーの衣装素敵💛

と思っていたけれど、

そこに込められている意味とか思いとか、

どれだけの熱量なのか、

どれだけ最新のことを勉強しているのか、

全く知りませんでした。

知ろうともしていませんでした。

 

 

確かに、

知らなくたって支障はない。

 

 

だけど、

とある方のツイッターに触れ、

その方が豊富な知識から衣装の数々を読み解いておられ、

その衣装の意味、

そのデザインの意味、

更には その色や素材の意味、

各メンバーに向けての思い、

もの凄い熱量と情報量が込められていることを知って、

 

 

震えました。

 

 

 

その思いや答えを、

分かる人にだけ分かるように、

何も語らずにそっと、

〇〇に記していることにも震えました。

 

 

 

今日初めて、

隠されているメッセージの意味を 読みながらすぐに気が付けて、

先日ツイッターで語っていらっしゃったことと結び付けることが出来て、

これがまっすーの〇〇か!!!!って痺れて、

胸がきゅうっと狭くなりました。

伝わったよ!私にも分かったよ!って嬉しくなりました。

 

 

その感激と感謝を、

ここに残しておこうと思います。

感動を ありがとうございます。

 

 

can maKe it !!

ORIHIME

 

 

願って 願って
探して 嘆いて
この声は届かない

そうだって わかって
期待してしまうんだ
出会った日の奇跡のように

 

 

開かれた形でここに想いを記すということは、

届かないって分かっているけれど、

限りなくゼロに近いけれど、

ご本人に届く可能性を一応孕んでいるんだなぁ….なんて思います。

 

そう考えると、

どれだけ書き直しても足りないし、

むしろ照れ臭くて全部消したい笑

 

 

だけど、

初めて逢えた日に、

思わぬ奇跡で想いが届いた(ような気がした)ので、

私の気が済むまでは、

消さずに可能性を残しておこうかなぁと思います(*´艸`*)

 

 

 

 

想いが届いたらいいなと思う反面、

エゴサした結果、筆を折ってしまわれた感受性の強い作家の方々がいるのもまた事実で(有川さん談)、

届かなくたっていい、

エゴサなんて諸刃の剣なこと しなくていい、と思ったりして、

そう言えば恋心って複雑で面倒臭くて愛おしいものだったなぁ、

と実感として思い出しています笑

 

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今日の、クラウド。

 

 

あぁ、そうだった。

 

そういう人なんだった。

 

 

自意識は、

プライドの裏返し。

潔さは、

そのプライドに恥じないように。

自分に恥じないように。

 

 

あたたかい慰めの言葉に、

傷が癒されていく人もいれば、

不甲斐なさで、

どうしようもなく泣きたくなる人もいる。

 

周りの言葉に感謝だけして、

自分を甘やかしてしまえば どんなにか楽なのに、

本気であればあるほど優しい言葉が刺さって、

自分の不甲斐なさに叩きのめされる。

 

 

 

 

私はプライドエベレストだから、

慰めを安易に救いには出来なくて、

自分が納得できないことには進めなくて、

結局、自分で這い上がることしか出来ない。

答えはいつも、

自分の中にある。

ぐるぐるぐるぐる反芻しても、

どこをどう探しても自分の中にしかなくて、

本っ当嫌んなっちゃう時もある(苦笑)

 

 

 

 

以下、引用元は失念しましたが、以前のご本人の言葉。

たとえばライブでダンスを間違えても、ファンの人もメンバーも優しいから笑って許してくれると思う。場合によっては「その方がおもしろい」「可愛い」って捉えてくれたりもする。でも、ウケたとしても、俺にとっては失敗は失敗。すごく後悔する。

 

 

 

 

失敗は失敗。

 

どんなに感動を巻き起こしたとしても、

どんなに絆を体感したとしても、

どんなに周りに感謝を感じたとしても、

アーティストである限り、

表現者である限り、

自分で納得出来ないパフォーマンスであれば、

それは、本人にとっては、

 

〝自分に負けた〟

 

誰にも、その評価を否定することは出来ない。

 

 

昨日の私の感動も涙も嘘じゃないけれど、

神回か⁈って本気で思ったけれど、

何なら今だって思っているんだけれど、

それは、

ご本人の心の内の深い深い所に思い至れていなかったなと、

思慮の浅さを反省しました。

 

心の内が〝ありがとう〟だけのはずがない。

 

 

 

全然全くジャンルは違うけれど、

自己研鑽だったり自分との戦いだったり、

潔さを大事にするスポーツ(っていうか武道)を昔 色々齧っていて、

「負けちゃったけど頑張ったよね!」なんて甘っちょろいわ‼︎‼︎という世界に一時いて、

いっぱい悔し泣きをした。

 

今の仕事で、

絶対に守りたい‼︎‼︎という人を守り切れなくて、

どうしようもない不甲斐なさが海みたいに深くて溺れて、

酔い潰れたこともある。

 

 

 

過程を評価してもらえる喜びはある。

絶対にある。

だけど、

本人にとっては結果が全てな時だってある。

パフォーマンスが全てな時だってある。

思いが強ければ強いほど。

 

慰めが、

申し訳なさ過ぎて痛くて苦しい時がある。

 

 

その痛みを忘れないために、

傷口から血を流しながら、

真空パックに詰めるみたいに その晩にすぐ綴ったのかもしれない。

いつでも鮮明に振り返ることが出来るように。

 

 

 

だから、

安易に慰めの言葉を吐くことは出来なかった。

 

そのまま受け止めて、

ただ待とうと思った。

 

そんなことないよ、って言えなくて、

そっか、分かったよ、って思って泣いた。