U R not alone

NEWS愛とシゲ愛なら一切引かない

世界の片隅、いのちのうた

 

いのちのうたで「あやめ」が披露されると知り、

8月9日の広島先行放送から一週間と少し、

ツアー初日にソロを見た時の、あの立っていられなくなるかと思ったほどの苦しいほどの感動を衝撃を涙を熱を、

どうしても今一度体感したいという思いが募って、また体感出来るんじゃないかと期待して、

一念発起ツイッター断ちして、

寂しかったけど、人恋しさよりも4ヶ月半前恋しさが優って、

衣装も演出も何も知らない、真っさらな状態で全国放送を迎えました。

 

 

 

ツイッターなどで素敵なシゲ担さん達とお話させてもらうと、

シゲはこんなにたくさんの人に愛されているんだ….凄いなぁ….とか、こんな見方もあるんだ….こんな知らなかった所もあるんだ….とか、見聞が広まると共にテンションも高まって、元々結構な勢いで燃えている所に更に燃料投下し合ってるみたいで、

自分のシゲ愛が広く広く大きく大きく広がっていくように常日頃感じています。

 

一方、引き篭もってシゲ担さん達の言葉に触れたりお話するのを我慢に我慢した一週間は、

恋煩いみたいで、私の中の加藤シゲアキ像だけと膝付き合わせて向き合っていたような一週間で、

その深度が深く深ーくなっていくように感じられました。

火を点けて、ふるふると震えて丸く牡丹になった線香花火が松葉になるのを、玉を落とさないよう息を潜めて今か今かとじーっと見つめている時みたいな、静かで熱の篭もった時間。

小さくても温度の高い、小さな青い炎が灯っているみたいでした。

 

そうだった そうだった、そう言えば私ってウェットで一人の時間も全っ然好きなこういう自家発電タイプだった!って、久しぶり過ぎて我ながらちょっと目から鱗。

 

その時間を私はほとんど、

4ヶ月半前の記憶の中のあやめを掘り返したり引っ張り出したりひっくり返したり反芻したり暖めることに費やして、

まだ雪の残る真駒内アイスアリーナに時々心がワープして、

センステに浮かび上がった、アリーナの背の低い私には少し見づらかった、横たわり 呼吸や歌唱に上下する胸や、

ゴッホも描けないほどの〜のくだり、白い衣装に身を包んだJr.達を引き連れメンステ方向に進んでいく姿や、

バクステ側に振り返り、CD音源よりも言い放つように力強く感じた「飛んでやらぁ」をボーッと思い返していました。

まるで滑り台みたいだなぁと眺めた北側クレーン、そのちょうど足元にあたる席から、

「1234」の後 上方に伸びるクレーンを見据えるシゲを見上げて、

まさか、と息を呑んだ瞬間を思い返していました。

乗り移る南側クレーンの上に、フラッグが置かれていることに気付いたことや、

虹色の色数を数えたこと、

ハケる時、目の前の北側通路に降りて来て、花道の下へ消えていった姿を思い返していました。

備忘録としてしたためたはずの4月のブログには何故だか目もくれず、

記憶の中の姿とばかり対峙していました。

最早ちょっとした脳トレ

 

放送当日は、あやめを何度も何度も聴いては過剰にセンシティブになり、

クレーンを駆け上がる足の裏に何やら滑り止めみたいな物を貼っていたことまで子細に思い返して、そんなことさえトリガーになっては日中からちょいちょい泣いて笑。

この年でアイドルごとで泣ける自分に、感受性えげつない….って慄いたり、ただ年取って涙腺緩んだだけかもなって笑えて来たり、いい年こいて未だこんなに心を動かされることを持てていることが何だか誇らしかったり嬉しかったり、ずっと小さな青い炎と向き合っていました。いや、青緑色かな?

 

 

仕事や家事や育児に忙殺されている合間は、現実と記憶を行ったり来たりでそんな調子だったのに、

その晩、

いざ娘どもや夫が寝静まり自分だけの時間になったら、緊張感からソワソワソワソワして来てしまって、こんなんで残り3時間も持つはずがない、と何かで待ち時間を埋めたくなって、でもツイッターをじっくり見ることも何だか怖くて、

ちょうど借りたまま見ていなかった、“湯を沸かすほどの熱い愛”を見ることにしました。

シゲに因んで借りて来た映画だし!!!!

もしかしたら緊張で内容が全然入ってこないかな?という一抹の不安をよそに、私の人生トップ3に入るんじゃないだろうかと思ったくらい素晴らしい映画で、ボロボロボロボロ泣きました。

これ凄い好き。

時間を埋めるために見たことが申し訳ないくらい。

(完全なる余談ですが、仕事柄、最後に車に乗っていた場面と病院の場面の死相のリアルさに本当ドキッとした。メイクって本当に魔法。)

 

 

湯を沸かすほどの熱い愛、

いのちのうた、

どちらも私にとってフックになったのはシゲだけれど、

それ抜きでは、きっと関心を向けられていなかった私だけど、

素晴らしい映画、素晴らしい番組でした。

出逢わせてくれて、ありがとう。

 

ツイッターで、

加藤シゲアキは番組のメインMCではなく、主人公だった」

と呟いている方がおられました。

ハート何回押したって押したりない。

NHKで、司会をして、ロケに行って、グループとして歌って、ソロ曲を歌って。

 

大事に大事に最後まで取っておいた宝物みたいに色々回避して いのちのうたを見て、

今までで一番というくらい心底、

ツアー初日と同じ熱量で心底、

私はとんでもない人を好きになってしまったんだ、

という想いが迫って来て震えました。

 

 

歌番組のメイン司会、というだけの認識を持って見始めたら、色んな映像のナレーションあり被爆者の語り部の方へのロケありで驚き、そのロケでは、受け継ぐ・語り継ぐ・繋いでいく決意が語られ、

この間、もうすぐ語り部の方々がこの世界からいなくなってしまう、本当の力を持った本物が世界からなくなってしまう、という焦りにも似た感情をこっそり含んだブログを綴った私に、

これからの未来の、ひとつの道を指し示して貰えたように感じました。私的タイムリーに震える。

 

そのロケに続く、U R not alone。

 

多くの人達に囲まれ、笑顔の大きな声の合いの手やコーラス、手拍子に包まれる姿に、

真駒内で大声で歌った夜をまた思い出しました。てごちゃん、オーオオーじゃなくてウォーオオーって一緒に歌ってくれたね。

放送が家族の寝静まった深夜でさえなければ、私もHey!って言いたかったし、手を叩きたかったし、オーオオーって歌いたかった!

CDと、ライブと、音楽の日と、いのちのうた。

大好きな大好きな歌を、いつも生歌だからこそ何パターンも聴けるなんて、シングル曲でもタイアップ曲でもないのに、NEWSファンは何て幸せ者なんだろうと改めて震えました。

大好きなシゲは言わずもがな、天に向かって手を伸ばすまっすー、画面の向こうから指差してくれるてごちゃん、そして「僕が見てる」で自分の目を指差す慶ちゃん、全部全部大好きです。

大好き過ぎて、想いを乗せ過ぎて、この歌は いつも泣いてしまいます。

シングル曲でもタイアップ曲でもないけれど、こうして披露していくことでファン以外の人にも知れ渡って、多くの人に寄り添って多くの人を支えて、たくさんの人に愛されて、NEWSの代表曲と認識される曲に育っていくといいな。そう願っています。(24密かに期待してます♡)

 

 

放送前、

南こうせつさんや石川さゆりさんといった大物出演者の面々の情報を見ながら、

トリは誰かなぁ、大御所かな?紅白の蛍の光みたいに、みんなで合唱かな?それがU R not aloneなら嬉しかったなぁ、まさかトリはあやめかな?なーんてな、フフフ(*´艸`*)

と思ってました。

 

最初は、シゲはいつかな?次かな?とドキドキしながら見始めて、

そのうち色んな歌や映像に真剣になって夢中になって、次かー?次かー?!って気持ちも忘れて見入っていて、

ふと時計を見たら、めちゃくちゃ終盤。

 

えっ….これ、フフフとか悠長に言ってる場合じゃないんじゃ….?!?!((((;゚Д゚)))))))

嘘….トリ….?まさかトリなの….??

 

トリなんて高まるー♡って単純に喜べたら良かったんですが、

一アイドルのソロ曲に、そんな凄いことが起こっていいの?!?!そんな大抜擢かつ喜ばしい誇らしいことあっていいの?!?!夜中とは言え地上波NHKだよ?!?!この番組、少プレじゃないよ?!?!これ現実?!?!夢?!?!ドッキリ?!?!:(´◦ω◦`):って緊張し過ぎて震えて手に汗握って、

直前にソワソワを持て余して映画見始めた時並みに、終盤、所在なくソワソワソワソワしていました。

(´・д・=・д・`)

 

そのうち、

テレビ番組の終わりに画面下方によく流れる、色んな人の名前、エンドロールのテロップがダーーーーッと流れ始めて、

えぇっ?!?!あやめは?!?!って一瞬ビックリして、

でも画面の左側に「このあとソロ曲」を見つけて、心拍数が跳ね上がる。

どんな演出?どんな衣装?試合でも告白でも受験でも面接でもスピーチでも こんなに緊張したことない。

折角シゲがメインMCを終えてコメントしていても、半分くらいしか耳に入って来ない。半分耳に入っても、その半分も脳まで到達しない。笑って話していることは視覚的に分かるけど、無声映画みたいに音声がほとんど届かない。

 

そんな中「加藤シゲアキで、」でハッと我に返り、

直後に映像がパッと切り替わり、

f:id:urnotalone:20170819172608j:image

その瞬間、泣きました。

「あやめ。」が聴こえてきた時には、

もう、ブワーーーーッと涙腺ブッ壊れていました。

声にならない声で、「嘘….」と呟いていました。

 

これは再演だ。

表現者 加藤シゲアキによる、あのNEVERLANDの再現じゃないか。

見た瞬間に分かる、俄かに立ち昇って再び目の前に現れる、NEVERLAND。

ここは今もまだ、出口のないNEVERLANDの中なのかな。

毎日触れられるようスマホに付けてある、鍵を握りしめて泣きました。

懐かしい姿。冒頭私からちょっと見づらい角度だった、大好きな姿。大好きな衣装。

懐かしさに胸が詰まるのは、ツアーのEMMA、PV衣装で出て来てくれた時、既に見たことのある衣装に嬉しくて嬉しくて泣いた時に少し似てる。

衣装も始まり方も、あの時と同じ。

驚きと喜びと感激と感謝で、感情ぐっちゃぐちゃになりました。

 

情報遮断、私には正解だった….。゚゚(つ口`*。)°゚。

 

序盤は、

天井からの俯瞰やバクステ側にあたる方向からの映像で、どれも見たことのない画で新鮮で、

f:id:urnotalone:20170820135144j:image

初めてきちんと見ることが出来た、時計の針のような振り付けは、ライブ終盤、同じような時計モチーフの振り付けで 目の前の福士くんと一緒にNEWSを起こすため踊ったことを思い出しました。

f:id:urnotalone:20170820135248j:image

中盤は、

CD音源より強めの「跳んでやらぁ」と手の甲をこちらに向けての「1234」が、繰り返し繰り返し思い返していた姿とピッタリと重なりました。

とにかく終始、何だかずっと泣いてました。

Jr.の群舞の中、後方に渡辺大輝くんを見つけられたのも嬉しかった。

 

クレーンを裸足で駆け上ることは実は危ない、と以前シゲが言っていて、きっとNHKであのクレーンは無理だろう、じゃあテレビで“虹”はどう表現するんだろう、“雨の弓”をどうやって渡るんだろうって放送前からずっと考えていて、

何故か、あやめも広島収録同様にどこかのホールのステージで撮影するものと思い込んでいて(←今にして思えば、そんなバカな笑)、今回のあやめは平坦なのかなぁとさえ思っていて、

だけど物は考えよう、私の乏しい想像力は、私に大きな大きなサプライズを運んで来たのでした。

 

シゲの後方、大きな高い階段に、そこにパッと灯った灯りに、広い広いスタジオでの撮影に、驚きと感謝しかなかった。

 

ツアーでの“虹”の演出に、私、本当強い思い入れがあって、

でも強過ぎて、

階段を登り切った場所に、「当然あるはず」とフラッグを傲慢にも探してしまいました。

だから「あ….ない….」って一瞬寂しくなって、でも「そっか、全部同じとは限らないか!じゃあ今回はどんな演出かな?!」ってカラ元気で蓋をして、寂しさに気付かないフリを決め込みました。

cause i need u〜からの大きな動きと、自担ロックオン過ぎてライブの時はほとんど目を向けられなかったJr.の踊りを、記憶と照らし合わせながら見入っていました。

 

そうやってフラッグの不在をどこか痩せ我慢していたら、蹲み込んだシゲが後方に手を伸ばして。

f:id:urnotalone:20170820140340j:image

あ、フラッグだ。

震えた。

あぁやっぱりフラッグだ。ドラクロワだもん、やっぱり持たないはずがない。

そう思っていたらシゲの右の背中越しに柄が見えて、

大きく旗を翻して。

f:id:urnotalone:20170820145650j:image

基本ずっと泣いていたのですが笑、

この一連の下りで、オープニング並みに涙腺決壊しました。

蹲んで手が画面から見切れた辺りから確信で泣いてた。

鳥肌が止まらない。

口元覆って泣きました。

 

ここまででも十分過ぎるほどドラマティックだったのに、

曲の最後、フラッグが空を切って、

f:id:urnotalone:20170820153545j:image

暗転。

 

そしてそのまま番組のラスト。

f:id:urnotalone:20170820160448j:image

 

余韻に茫然としました。

こんなことが起こっていいのか、こんなシゲ担の為みたいな世界に私はいたのか、って震えて茫然としました。

私はやっぱり、とんでもない人を好きになってしまったんだ。NEWSはみんな、王道とは少し違った突出した凄い魅力を持っている凄いアイドルだと思って来たけど、それにしてもこの人はとんでもない。“めっちゃ高い所”、その高みは一体どれほどか。本当に底が知れない、ただのアイドルではない、この人は表現者だ、と痛感させられました。

全編通して、まるで絵画みたいだった。ミュシャドラクロワと絡めて私は前からそれを知っていたはずなのに、改めて目にする姿は、もう暴力的なほどの美しさで圧倒的だった。

いやー、泣いた泣いた。

 

 

 

芸術性が高過ぎて もしかしたら好みが分かれるかもしれないけれど、私も自分が咀嚼し切れているのか分からないし圧倒されるばかりだけれど、

でも世界のどこかで誰かが、

シゲが “いのちのうた”に込めたメッセージや想いを受け取って、

平和について改めて考えたり、愛の多様性に想いを巡らせ、

諍いがひとつでも減る一助になったら、本当に素敵だなと思います。

 

大きなこと、大きな平和を成し遂げるためにはきっと、ひとつひとつの小さな平和を積み上げていくしかないから。

 

テロとかKKKとかミサイルとか色んな国の圧政とか不穏なニュースを日々見聞きして、

それらの諍いごとはシンプルな正義vs悪じゃなくて、それぞれ信念を持った当事者にとっては正義vs正義の図式だから起こってしまうし なかなか消えないけど、

多様性を認め合えたらきっと違うんじゃないかなと私は思うんです。

海外のことだけじゃなく、日本の中の色んな差別もきっとそう。

 

世界の片隅でそんなことを感じながら、

でもそのためにちっぽけな自分に出来ることは一体何なのか途方に暮れながら、

だからって何かすることや考えることを放棄しちゃいけないと身を引き締めて感じながら、

心の琴線が震えに震えた夜でした。

青い独り言

 

 

2006年の7月から連載されていたエッセイ、 

青い独り言。

 

 

ツイッターbotで分割されたものを読んだことはあったのですが、全文としての形で目にしたことはなく、

夜な夜なLA LA LANDを見て切なくなっていた深夜、

ネットで別件を調べていた時に本当に偶然、

たまたま誌面の画像を見つけて読むことが出来ました。

検索したわけではなかったのに、思わぬ幸運に感謝です。

 

 

その初回。

 

頭の中にある扉をノックする

という言葉があって、

ひゃー!knock knock open the doorだー!何かあやめみたいだー!と、

ちょうど今いのちのうたの待機中なせいもあるでしょう笑、一人勝手にめちゃくちゃドキドキしてしまいました。

 

 

更に読み進めていくと、

私の座右の銘と同じ意味の言葉が出てきて、共感と感銘で またドキドキしました。

 

この世に偶然はない

若くないので笑、人生色々アップダウンも経験しましたが、

“起こることには全て意味がある”、の精神でいつも乗り越えようとしています。

いつだったかどこかでその言葉に触れ、妙に納得してずっと心に留めていて、本当に苦しかった時、こじ付けでも思い込みでもいいからそこに意味を見出して、どん底から這い上がりました。そんな大切な大切な言葉。

 

 

嬉しくて もうこれだけでも若干涙目だったのに、

最後の、

同じクラスの友達がダブって卒業式に出られなかったり、新しいクラスに誰ひとり友達がいなかったり、好きな人にフラれたり、はたまた告白されたりすることも、遠い未来で深い意味を持ってくるのだろう。

そして、あなたがこのエッセイを読んでいることさえも。

 

ラストの一文に、ぎゅーっと胸が狭くなるような思いになりました。

 

ちょっとスピリチュアルが過ぎるかもしれませんが、

時間を前後しながら、場所を変えながら、人と人は縁を結んでいくんだな、影響を受けていくんだな、

起こることには本当に全て意味があるのかもしれない、

なんて気持ちにさせられました。

 

夜更かしの寝不足で顎に出来てしまった吹き出物は、実はシゲのせいかもしれないし笑、

今日この“青い独り言”に触れることが出来たことも、遠い未来で深い深い意味を持ってくるのかもしれません。

NEWSaholic

 

語弊を恐れずに言うならば、

アイドル全般がそうなのかもしれませんが、

アイドル=偶像、

偶像と言えば崇拝、

NEWSファンでいることは、

NEWSを愛することは、

どこか宗教めいた一面があるような気がします。

 

 

 

7月にジャムに行った時、

何か拗らせて、私エイターじゃなくて本当ごめんなさい・雑念だらけの私よりもっともっとエイトが好きな人が入った方が良かったんじゃないか・今後その方がいいんじゃ….と思ってしまって、

友人エイターにそれとなーく告げたのですが、

 

「お客の全部が全部ガチオタだったら逆に気持ち悪いよ〜笑、色んな人がいるからいいんだよ!」

 

という回答。

 

 

….えっ?!そうなの?!?!

 

 

勿論、一エイターの一意見なのですが、

私コレもの凄い衝撃で笑、

ファンが多ければ多いほど多様になっていくから、規模が大きくなればなるほど現実的じゃなくても、

その場の全員が同じ方向を向いている、

会場が一つになる、

そんなライブが一番幸せじゃなかろうか、と思って来ました。いえ、今だって思っています。

NEWSには、NEWSを愛する人達に囲まれていて欲しい。

….美恋見過ぎかな?笑

美恋厨かな?

 

ちょっと彼女と早急に美恋鑑賞会したくなって来ました笑

その上で今一度問うてみたい。

 

その場のみーんながエイトを大好きだったら、すっごくすっごく素敵じゃない?そんな素敵なことなくない?って笑

 

 

私は、

大事な宝物みたいにこっそりしまっておきたい気持ちも何処かにありつつも、

でもやっぱりNEWSが沢山の人に愛されて、NEWSのみんなも沢山の人も、みーんな幸せになったらいいのに、

NEWSを好きになったらこんなに幸せなのに、と思ってしまいます。

 

4人みんな美味しいもの食べて楽しいことして素敵な人に囲まれて幸せに過ごしてね♡という願いと同時に、

実際に姿を目の当たりにすると畏敬の念みたいなものを感じてポカーンと見つめるしか出来なくなったり、

テレビで他Gのライブ映像・ファンの声援を見聞きして「ハハハ、ジャニオタ….笑」って思う昔の私が未だ何処かにいる気もするのに、実際のライブ会場では私もまさにそのジャニオタで歌って踊って熱狂したり、

母や妹に「一体どうしちゃったの?」と言わしめるほどの笑、この尋常ではない熱量が、何だか凄く宗教的だなぁ….なんて思ったりします。

 

そして酷く中毒的。

 

悩んでいたり、苦しかったり寂しかったり、そういう心の隙間みたいな部分にスルッと入ってきて寄り添ってくれる感じも、

追いかけることが何だか凄く凄く充実感に満ちているところも、

心に思い浮かべるだけで火が灯ったように暖かくなったり強くなれたりすることも。

いのちのうた、3日前

 

 

むかーし昔、新卒の頃は、

よくよく考えると褒められてるのか面白がられてるのか謎な「あなたの顔は小児向きよ!!」という教授の言葉をまんま鵜呑みにして笑、小児領域を志していたのですが、

紆余曲折あり、

今は高齢の方がメインの部署でお仕事させてもらっています。

 

中には生々しい実体験として戦争をご存知の方もおられ、

私もここへの在籍も結構長くなり、

時々、

その経験をぽつりぽつりと話して下さったり、

思い出したくない、話したくないものだよと口数少なかったり、

突然堰を切ったようにお話されたりします。

 

皆さん、

あんな時代は繰り返してはならないと、

まるで合言葉かのように必ず仰います。

 

私の祖父はその時代まだ幼く、実体験としての太平洋戦争にプライベートでは触れることがなかったので、

一口に感謝、と言ってしまうと何だかおこがましい気がしますが、とっても有り難い機会をいただいています。

 

実際に目の前の方から伺うあの頃は、

テレビや文献で触れるあの頃と同じ時代の話であるのに、きっと私の想像力の足りなさも相まって、

ものっ凄く身近に感じられます。

メディアで触れる時よりもいつも身が引き締まる思いになって、

平和への思いを新たにします。

本物の持つ力は、本当に凄いと感じます。

 

そんな機会に出逢える業界で数年勤めていると、
実感として、
あの頃を語れる方が少なくなったな….と感じています。
戦後72年の長さを、不意に実感します。

広島の語り部が減っているという話を、遠く離れた地で、ほんの少しながらも体感します。

 

色んな方に引き締めていただいた思いが薄れていかないように、

平和への思いが引き継がれていくように、

せっかくの機会、シゲがMCだから♡というミーハーな理由だけには断じてせずに笑、

番組の趣旨や広島という地にも思いを馳せながら、

心して、木曜深夜を待ちたいなぁと思っています。

楽しみ♡(*´艸`*)

新ドラマ💜

 

休日なのを良いことに、うたた寝しながら夜更かしして、朝までDVDや録画を見ていた朝、

ネットニュースを目をこすりこすりぼんやり見ていたら、

一気に目が醒める、嬉しい嬉しいニュースが飛び込んで来ました!!!!

 

 

 

慶ちゃん!!!!(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾

 

ドラマ!!!!ヾ(:3ノシヾ)ノシ

 

どうやら5年ぶりらしい!!!!(இдஇ )

 

\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/›› ‹‹\( ´ω`)/››

 

 

 

私が嬉々として毎週“嫌われる勇気”を見ていた横で、「ふーーーーん」って顔していた、小山担(小1)め….!、

はる兄に一瞬ドキっとしたくせに「やっぱり小山君が一番….!」って慌ててた小山担(7歳)め….!、

24の日を自分のカレンダーにしっかり印付けて首長くして楽しみにしてるうちの小山担め….!、

 

 

次はお前の番だぞーーーー。゚゚(*´□︎`*。)°゚。

 

 

 

 

まだ彼女は寝ているので、喜びをまだ分かち合えず、

長女はそっけないし笑、

いてもたってもいられなくて、

そーーーーっと恐る恐るツイッターを開いて、すぐ自分のページに飛んで、

寝呆けてるのと興奮してるのとで誤字ツイートやらかして慌てて修正したりしながら、

嬉しい気持ちを呟いて来ました。

嬉しいなあ。

本当嬉しいなあ。

 

あんまり歌番組以外でお仕事がなかったような気がするテレ朝さんっていうのも何だか非っ常に嬉しくて、

every.のキャスター業だけでなく、MCにお芝居に慶ちゃんのお仕事がまた広がっていくのが嬉しくて、

慶ちゃんがモデル役っていうのが適任過ぎるのも嬉しくて、

 

オーバーワーク大丈夫かな….とか、

主題歌は主演の方かな、ちぇっ、とか、

 

そんなのは瑣末なことだーーーー!!!!

と大声出したいくらいに嬉しいです。

引き篭もり

 

どうやら、

地域毎でタイムラグのある状況でテレビ放送される“いのちのうた”に対してツイートすることが、

ネタバレだとか それはネタバレじゃないとか、

ネタバレして欲しくないとか、

ツイッターで様々な意見….と言うより寧ろ論争のようになっていたようです。

 

ネタバレ厳禁が公言されているライブとは違う、地上波の放送に対して、

ネタバレするなと人に“求める”のは勿論勿論 論外ですが、

個々人が“して欲しくない”と“心の中で”思ってしまうのは仕方のないことだよなぁ、どうしようもないよなぁと思うので、

事前に知りたくないならば自衛をすればいいだけのこと、

牙を剥き合ったりすることなく、

誰のどんな考え方でも、そこにただ存在するだけのものとして内包してくれる場にツイッターがなればいいのになぁ….と思います。

勿論ツイッターを情報発信として使用されている方もおられますし、私もそれを活用させていただいていますが、

元来はきっと、気負わずに“呟く”、場のはずですから。

 

 

かく言う私は、

今回の“あやめ”、どーーーーしても初見で見たいと思ってしまって、

シゲちゃんのソロ全般なのですが歌と言うよりも“一作品”と捉えてしまっているので、

どんな演出なのか、どうしてもスマホの小さな画面では知りたくない。

あの日、彼がまさに目の前でクレーンを駆け上がった衝撃が、あの時の涙と熱が、まだ自分の中に残っているから。

あの“感動”なんて言葉じゃ言い表せない感情に、どうしても もう一度触れたい。

なので、

昨日から完全自衛体制に入っています。

ビビってツイッターに触れない有様。

(向こう一週間、今までツイッターを見ていた時間で毎日ブログ更新でもしましょうかね)

 

 

だけど、シャットアウトを始める前にTLを眺めていて、

….これは悪いことなのかな。

一ファンとして盛り上げないのは、悪いことなのかな。

初見にこだわったりしないでTLでちゃんと見て、盛り上げるべきなのかな。

誰も呟くな!なんて微塵も思ってなんかいない。

私もジャムの晩、音楽の日の晩、実際に顔を見たことのないどこかの誰かのツイートに、どれだけ助けられたことか。知りたくて嬉しくて救われたことか。

知りたい人もいる、盛り上げたい人もいる、

でもまだ知りたくない私がいて、

自衛体制で盛り上げないことを どこかに謝罪したくなってくる、しなければならないような気がしてくるのは、一体何故なんでしょう。

独り相撲をして、何だか酷く苦しくなっています。

 

 

私のツイッターは、

優しい方々と繋がらせてもらえて、

どうも手広くやれない性分だからその方々も少なく、不特定多数の目に触れるようなこともなく、

こうして引き篭もっていても、例えば もしネタバレだ!と呟いたとしても、聞き流して下さって きっと叩かれる環境にはないけれど、

でも、 

見知らぬ誰かが叩かれる時・非難される時、

そこまでの極論を持ち合わせてはいなくても、

少ーし似たような考え方を自分が持ってしまってるような気がしたら、

引き寄せて疑似体験してしまうのかな、なんて思いました。

うーん、まだまだこの苦しさを上手く言葉として噛み砕けてはいません。考え中、悩み中。

 

集団心理ってきっと誰の中にもあって、

正解のない事柄でも、何だか集団の考え方こそが正解かのように思ってしまう。

少なくとも私はそうで、

見なければ影響されないけれど、

見たらどうしたって どこかしら影響されてしまう。

 

ツイッターをしていない友人エイターならば、

自分の好きなようにしたらいいのに?と、きっと言ってくれるでしょう。

 

でも、

共感したり、フォローさせてもらったり、勝手に慕ったり、有難い情報やデータをいただいたり、お話したり、お世話になったり、本当に多くの素敵な方々がいらっしゃって、

みんなが正しくて私がおかしいのかも。

どうしてもそう思う私もいます。

 

 

私は、

物事を考える物差しを、愛し方を、他人に委ねたりはしたくない。

常々そう思っていて、

それはきっと、例えシゲにだって委ねたりは出来ません。

私は私なりに、私の中のNEWSを見つめることしか出来ません。

ファンの数だけファンの中に、それこそ星の数ほどNEWSの色んな姿があるのでしょう。

 

そんなことばかりをつらつらと考えて、

“自分”でいることって、

この年になっても案外大変だなぁ、なんて思うのでした。

好感度

 

所謂“好感度が高い”っていうのは、

もしかして、

たくさんの人に好かれていると言うよりも、

敵が少ない、アンチが少ない、

嫌いだって宣言する人が少ないことを言うんじゃないのかな。

そんなことをこの上半期思っていました。

 

だから、

嫌いっていうことは関心がある、

一周回って好き、

って考えるてごちゃんは本当に強い。

たくさんの人に、まず何よりも関心を持ってもらおうとする。

そう強くあろうと意識出来るのはやっぱり強いし、

強くあるために必要でファンを強く求めるのかもしれないな、なんて思いました。

 

どんなにコアなファンがいて、

たくさんたくさんいて、

大好き!と声高に叫んでいても、

ほんの一部の悪口の方がセンセーショナルで一般の人には目に付きやすくて、

それが全てかのように拡散されていって、

だからクレーマー対策の方を優先せざるを得ないのかもしれなくて、

慶ちゃんもファンも大事にしていたコーナーの形が変わってしまって、

そのことで応援している人達は無力感に苛まれてしまったりして、

本当はその声はちゃんと届いているのに、

届かないのかなって悲しくなったりして、

伊集院静さんが昨日仰っていた通り、世の中は理不尽だなぁ。

 

どんなにどんなにたくさんの味方がいても、

敵が少ないことこそが是とされる気がします。

 

そんな世の中の清濁飲み込んで、

理不尽さもただそこにある事実と受け止めて、

取捨選択しながら応援することが出来るのは、

いい年こいた大人なジャニーズファンのいい所かもしれません。

若かったら、幼かったら、

この理不尽は なかなかに辛い。

 

目先の好感度を求めるより、

人気が出たら今度は叩かれ始める、そんなすぐに役立たなくなるフワっとしたものを求めるより、

時間がかかっても本当の良さが、意図しなくても伝わっていく。

NEWSはそんな風に伸びていくんじゃないだろうかと期待してしまいます。

 

本物になるには時間がかかる、焦らなくていい。

 

昨日テレビで拝見した伊集院さんの言葉に、

今年のNEWSの色々や、

シゲちゃんに重なる部分がたくさんあって、

遅れ馳せながら“大人の流儀”を読んでみたいと思いました。