U R not alone

きっと一生忘れない

賞とかクラウドとか。

 

北海道のローカルCMで、

 

作家?

それともアイドル?

それとも芸術家?

 

っていうのがあります。

本屋とCDショップと文房具屋と雑貨屋の複合店。あとミスド


TVCM 15秒(最新CMだらしない愛し方バージョン) - YouTube

 

それとも….?じゃないよ、

我らが自担は一人で全コンプしてるよ!!!!あやめは最早芸術だよ!!!!

ヾノ。ÒдÓ)ノシ バンバン

  

それだけ普通じゃない稀有な存在なんだなぁ….って一介のファンのくせに誇らしくなってしまうこの想いは一体何でしょう。

 

そう、

 

 

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私がCM監督なら、更に続けて、

 

サッカー選手?

ニュースキャスター?

それとも、デザイナー?

 

と畳み掛ける( ・_・)ノ⌒︎~* 

 

 

 

 

 

当初は、ただの自戒ネガティブ猛省弁解垂れ流しお目汚しブログになりそうだなぁ….と思って、記録として残さずにいようと思っていたのですが、何か私らしくないし、ここに残しておきたい感謝があって、散々逡巡した挙句、書き残すことにします。

 

稀有な存在であるが故に、
きっと誰も悪くないのに誰もが多かれ少なかれ傷付いた出来事、今月Twitter上、そしてクラウドで起こったこと。

 

 

 

 

うちの職場には売店ではなくコンビニが入っていて、確か年明けから、レジカウンターに、恐らく販促用として本屋大賞ノミネート作品だったか受賞作品だったかの一覧が暫く貼られていました。会計する時に、商品を乗せる所。

だからほぼ毎日目に入って、年末の発刊だったから時期的に難しかったかもしれないけれど、

あぁどうしてこの一覧にあの本がないんだろう。

毎日思ってました。

 

私、NEWS担になるずっとずっと前から、実に長いこと有川浩さんの大ファンで、彼女は本屋大賞に何度も入賞されていて。辞退したこともあったくらい。

心無い人に浅薄なラノベと揶揄された時もあったのに、「私のファンって公言しない方がいいですよ」なんて言わせてしまっていたのに、直木賞の候補作に選ばれた時は震えに震えて。

大好きな大好きな人が認められるのは、まるで自分のことみたいに嬉しかった。

そんな偏見を撥ね退けた姿に、どこか勝手に自担を重ねていて。だから、何も知らずに“倒れるときは前のめり"を読んだ時は泣き崩れてしまって。

 

文学はレースじゃないから、順位や賞よりも、自分が何を受け取ったかを大事にしたい。

勿論それを頭では分かっているけど、心は、あの作品を分かりやすい形で何かに認めて欲しがっていました。昼休みが来るたびに。承認欲求が満たされる幸せを知ってしまっていたから。

 

だから、TLにTwitter文学賞のことが流れて来た時、凄く私的タイムリーだった。その趣旨も規模も詳しく調べずに、Twitter上ならばそこそこ大きな規模のものだろうと思い込んで、「去年の私的ベストの一冊は、自信を持ってチュベローズだ!」と投票しました。

 

チュベローズが大好きだ!という気持ちはきっと間違ってない。でも、それを表明する場としては間違ってた。

 

というのも、職場に、家の床抜けるぞ?!ってくらい本の虫な子がいて。色んなジャンルの本を幅広く、新刊もたくさん次々と読んでいて、将来4面書棚の部屋を持って、最期は崩れた本の下敷きになって、願わくば最愛の本の角に頭をコツンとやられて死にたい、そしたら本望だ、と笑顔と涙目で言って憚らないほどで。

投票後、Twitterがザワ付いてよくよく趣旨や規模を調べたら、そのレベルで本を愛してる人達の賞だったんじゃないかと遅ればせながら気付きました。でも時すでに遅し。覆水盆に返らずってやつ。

本屋大賞とは違う目的での設立。

私は、そこに土足で踏み込んでしまった。

それも、純粋な心からの「好き」と、「承認欲求」をない交ぜに。

 

直接相対して、声の温度や大きさや抑揚とか、表情や姿勢や態度とか、聴覚と視覚も使って相手の感情を総合的に判断したって齟齬はあるのに、畑違いの人間同士が文字だけで充分に伝え合うには、“言葉”って“Twitter”って本当に難しい。そんな色んな応酬を見て、「人」に対しては、私も思う所がないわけではありません。

ただ、「Twitter文学賞」というものに対して、失礼なことをしてしまったと思いました。

だから、私は投票を取り下げました。

取り下げすらも、事務局側からすれば迷惑行為。

なのに、ちっぽけな正義感はどうしても引っ込められませんでした。ここで謝罪したって届きやしませんが、でも、ごめんなさい。

本の虫達が大切にしている賞、最終集計に私の票もカウントされてしまうことが、どんなにチュベローズを愛していても投票者としては相応しくないことが、どうしてもどうしても申し訳なくて、取り下げずにはいられなかった。私も、子どもの頃本の虫だったから。

 

 

 

そう思って取り下げた数日後、クラウドが更新されました。

 

更新の晩は寝落ちしてしまっていて、読んだのは翌朝。

TLで「更新があった」という情報だけをキャッチして、TLに流れる空気を何にも知らずに能天気に。

 

自担の本だから、ではなく、チュベローズが一作品として大好きです。ただ、私は、その「好き」を職場内のコンビニで毎日、誰かに認めて欲しがってた。渇望してた。

 

だから、クラウド初読の時は、頭にガツンとゲンコツを貰ったような衝撃を受けました。

 

 

一位に祭り上げようと投票したんじゃない、

自担の本だから投票したんじゃない、

読みもしないで投票したんじゃない、 

 

大好きな本だからまだ知らない誰かに届くきっかけになればと投票した、

例え誰が書いたとしても心奪われていた作品だから投票した、

グイグイ引き込まれながら泣きながら読んだ、

 

でも、

「シゲも楽しみにしているTwitter文学賞」、

それに一番ガツンと食らった。

 

序盤で話題の予告をしてくれたから、今回の更新の話題が何であるか心の準備をしていたはずなのに、予想の斜め上から突き刺さる痛みがあった。

私は精査もせずに大好きな人の大好きなものを汚したのか、って。

 

 

そんな一発目の衝撃は凄まじかったです。死ぬほど凹んだ。Twitter文学賞を楽しみに大切にしてる人達を傷付けてしまった…としょんぼり思っていたら、更にその中に自担も含まれていたという畳み掛けの恐ろしさ凄まじさよ。謝らせてしまった、よりも、踏みにじってしまった、が私の場合は大きかったです。

 

決して「シゲのために」投票したんじゃないのに、でも本当にそうだったの?って自問自答でグルグル考えたり。

 

そんな中、ある優しい増田担さんの優しい優しい「あなたの好きは間違ってないよ」に救われました。本当どれだけ救われたことか。「自分は外野」と仰るけれど、渦中にあった両サイド陣営ではなく、凄く近しい仲間からの優しい声が、涙が出るほど嬉しかった。大切なお友達にも届けさせてもらいました。

こちらがその方のブログです。ここにリンクを貼ること、快く了承して下さいました。ありがとうございます。

優しさが、色んなことに「傷付いた」と感じてしまったシゲ担に、一人でも多くのシゲ担に届きますように。どうか次の誰かに繋がっていきますように。

ameame-arashi-news.hatenadiary.jp

 

 

クラウドをきちんと読み返すと、きちんと反芻すると、彼は何にも糾弾なんかしていないし、丁寧に丁寧に「大好きな本への投票」と「組織票」の違いが伝わるように書かれているし、その文面から何故だか各方面への愛と感謝しか感じ取れなくて、この思いを伝えるために一体どれだけ言葉を熟慮したことか推敲したことか…って知りもしないのに一方的に勝手に思って勝手に涙が出て来ちゃいました。

全ての人を救うことは叶わなくても、こぼれ落ちるものが最小限であるように丁寧に丁寧に真摯に選ばれたみたいな言葉をベソベソ泣きながら読んで、堅くなり過ぎないよう肩の力が抜けるよう最後の最後に文体崩してくれる優しさに、好きが爆発します。

 

今回の更新は否応無しに名古屋後の更新が思い起こされて、私はその現場にはいなかったけれど、あの時どんなことを思ってたっけ?とブログを読み返したら、「そんなことないよ!」じゃなく「そっか、分かったよ」って受け止めて待つことにした私がいました。

 

今にも切腹しかねない武士みたいなスタンスで、凛としたプライドと真摯過ぎるほど真摯な謙虚さと優しさに驚かされることが多いけれど、もしも彼のそれは一般的な最善とか最良とか大人の忖度とは違うスタンスなのだとしても、それこそが加藤シゲアキだと思うから、きっと今も変わらず「ひとりでも応援してくれるなら、その人のために続ける」と思い続けてくれていると思うから、オタオタ狼狽しないで全部まるっと受け止められる私になりたいなぁ。

私の形

 

あの初日から300日弱、

翌日2日目から公演毎にTwitterのMCレポを探しては読みながら、

WSのオーラス映像を見ながら、

多くのNEWS担が綴ったブログを拝読しながら、

時々自分の文章も読み返したりしながら、

少プレのオーラス映像をリピートしながら、

まるでツアーの再現のようだったpremium showといのちのうたを見ながら、

みんなのラジオを聴きながら、

スマホに付けてある鍵に毎日触れながら、

再入国出来る日を、ずっとずっと待ち侘びていました。

 

振り返るとあっという間で短いようで、でも出口はないのに目の前にはないから焦がれて焦がれて焦れに焦れて、やっぱり長かったな。

そんな待ち望んだ日々も感慨深くて、こうしてひとつひとつ書き連ねていくだけで涙が出そうです。

 

 

先週ついに、 NEWS LIVETOUR 2017 NEVERLAND の円盤が発売されました。

 

 


私が見たのは、初日の、恐らく不安を抱えた慶ちゃん。

私が見たのは、初日の、会いたかった♡会いたかった♡って繰り返していた笑顔だけのてごちゃん。

 

「逆風も風のうち」


手越マインドが過ぎる、うちの小山担が見てる日曜朝のアニメの台詞。

あんな風、吹かないに越したことない。確かに乗り越える中で掴み取っていく力はあるけど、悪意はただの悪意でしかない。

 

だから、初回盤Disc1、ドーム公演オープニング前のMr.impossibleの言葉、

皆さんとNEWSのメンバーが起こす愛の奇跡

その言葉だけで、ドーム公演の最後に起きた奇跡を思って、みんなの強さと弱さと笑顔と涙を思って、始まる前から胸がいっぱいになってしまいます。

 

 

 

 

再入国はまずアリーナから見て、自分が入った公演も収録されているMC集を見て、それから心してオーラス見よう!と思っていたら、MC集の最後にまさかの爆弾が仕掛けられていた!大変だ!!みたいな気持ちになって、それはそれは大層慌てました笑。オーラスラストにその姿を重ねながら見るのも非常に素晴らしい涙モノでしたが、MC集は心の準備が全くなかったから本当慌てた慌てた。

(私と同じ轍は踏まぬよう、通常盤3枚目のMC集は、本編視聴後、最後の最後にご覧になることを強くお薦め致します|・ω・)チラ)

直接見聞きしたMCが収録されている感慨深さは勿論のこと、公演後の晩は毎回MCレポを読み漁っていたので、目にするのは初めてなのに「こんな写真だったんだ!」とか「このケーキか!笑」とか「そう!ここ見たかったの!」とか、MC集には面白さだけではなく知っている話であるが故の懐かしさもあって、

だけど所々曖昧な記憶を補完するためにはアリーナ公演の映像も絶対に絶対に欠かせなくて、

一緒に入ったエイターが「私も再入国したい」と円盤購入を決意してくれたのですが、私、初回・通常どちらを買うべきかのプレゼンが全く出来ず、「そりゃあ両方に決まってるよ!」と叫びたいのを飲み込みつつ(エイトも近々ジャムの円盤出るそうですし….)、「初回は絵本みたいに大きいよ( ◜◡◝ )」とポンコツな返ししか出来ませんでした('、3_ヽ)_

 

 

 

 

 

去年の春、その時の子細な感情を忘れてしまわないように、どんな記憶のカケラも取り零さないようにと願いを込めて、物凄い熱量で大量にブログを綴りましたが、人の記憶なんて曖昧なもので、補正したりバイアスかけたり、改編したり上書きしたりするものだから、円盤を手にする前の私の中のNEVERLANDは、きっと凄く“私の形”をしていたんだろうなぁ、なんて思います。あまりにもセンステの映像と記憶ばかりが鮮明で、あまりにも他のことは曖昧で。

 

だから、NEVERLAND補完計画(๑و•̀Δ•́)و✧︎という気持ちでアリーナ公演から再生を始めたわけです。

 

 

私が入ったのはアリーナ公演だけだったので、NEVERLANDの様々な特効やあやめの始まり方はアリーナの演出への思い入れが非常に強いのですが、

 

こと“さくらガール”に関しては、オーラス推しです。

 


初回盤アリーナ公演である城ホのさくらガールを初めて見た時、同じアリーナ公演のはずなのに、


あれ?この歌ここで歌ったっけ?

という違和感が凄くて。

 

それはライブが生き物である証、初日から各公演を経て進化したことの証明であるにも関わらず、身勝手にもアリーナ公演の円盤=自分が見たものを再び見られる、という思い込みを抱えて見始めたからどこかショックもあって、もしかして私の記憶違いかな?勘違いかな?と若干パニックに陥りながら、でも、間近で、その2日前にCDTVの春の卒業スペシャルで見たさくらガールと重なって涙したあの横顔の記憶に間違いはないはずだ、と妙に緊張しながら、慌てて自分のブログを読み返しに行きました。

 

大きな安堵の溜息が出た。

 

記憶違いじゃなかった。

 

でも、映像として手元に残らなかったならば、もう見られないのか。。。

 

 

そんな悲喜交々がありながらアリーナ公演を見終えたので、翌日ドーム公演オーラスのさくらガールを見て、誇張でなく、ただただ泣き崩れました。

 

ドーム公演の円盤には、

私が見た、

センステで4人が円になって始まるさくらガールが収められていたから。

何度も何度も思い返した、記憶の中の映像とピタリと一致する瞬間が収められていたから。

 

アリーナのあやめ、恋を知らない君へ、Silent Love、他にも記憶と画面が符合する瞬間はたくさんあったけれど、一番刺さったのは、アリーナ公演ではなく、オーラスのさくらガールでした。

これが見たかったの!私はこれを見たの!この映像を待ってたの!と泣きました。

自担の「きっと一生忘れない」の歌詞がその想いに更に追い打ちをかけて、いつまでもグズグズグズグズと泣きに泣きました。

CDTVのさくらガールを見ても、PREMIUM SHOWのさくらガールを見ても、泣けて泣けて仕方ない病にかかってしまいました。

 

 

 

勿論あのU R not aloneについてだけでブログ1本書き上げられるほどの感情が吹き荒れたし、他にも雑多に「Brightestやっぱり最高!」とか「フードを被ったシゲのシリウスの上ハモ大好き!普段シャツだったりジャケットだったりフォーマル寄りな衣装が多いイメージがあるシゲにだけフード付けたまっすー天才!(いつぞや同じセリフ吐いた気もする)」とか、「Silent Love痺れる」とか「シュタゲ!春からゼロが始まるね!」とか、「銀テを追いかけていたら気付くとNEWSの姿が消えてしまっている切なさ」とか、色んな感情や書き残したいこと、書き残しておくべきことは本当にまだまだ多々あるのですが、きっと私にとってのNEVERLANDは、あの日あの席で見たNEVERLANDなんだな。さくらガールに集約されてしまうんだな。そうも思えてしまって。

私のNEVERLANDは、円盤を手にしても尚、私の形をしています。

 

 

 

NEWSがファンに向ける表情は、アイドルは笑顔を信条とする人達であるにしても、その多くのアイドルの中にあって非常に特異なものである。

円盤を見て改めて、それは決して優劣という意味ではなく去年他Gのライブにも入らせてもらったからこそ、強く、強く感じます。

あんな笑顔をファンに向けてくれるアイドル、そうそういない。

何気ない日々も泣き言ばかりの日々も腹わた煮え繰り返る日々も塞ぎ込みたくなる日々も支えてもらっているのと同時に、消費するのではなく支えることが出来ていることを感じさせてくれるアイドルなんて。ファンって愛されてるんだ、っていうことがスルッと腑に落ちるアイドルなんて。

NEVERLAND再入国、NEWS以外にゆるっと推していたことへの興味が一切合切削がれる副作用が凄い。全く関心が向かない。

もうね、宗教。宗教上等です。

外野からどう言われようとも共依存であろうとも、この幸せで盲目的で暖かいNEWS沼に私は浸かっていたいと思うし、

オーラスのシゲの挨拶はシゲから60,000人に向けてのメッセージでもなければシゲから全NEWS担へのメッセージでもなく、シゲから私に向けての・ファン一人一人に向けての・対個人としての温かで熱い言葉だと思ったし、

最後の、てごちゃんの思いが溢れてもう何も隠せなくなってしまった素直な涙のためなら、

最後の、初日とはまるで違う慶ちゃんの笑顔の変化を、打ち震えながら例え画面越しでも見届けるためなら、

そして、まっすーを必ずまたあの会場へ、あのステージへ連れて行くためなら、

もう何だって出来る気がしてしまうのです。

このツアーに微力ながら参加出来たことが、ツアーの一部になれたことが、私には特別で大切で誇らしくて仕方ないのです。

覚え書き。

 

RINGを読んで、昔々LDHヲタだった現NEWS担の胸に去来したものの覚え書き。私的メモです、悪しからず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下半期何かがあるよ♡の気配ではなく、下半期のために“戦う”姿勢。

 

あぁそっか。いつかどこかで見た、ドームツアーは20万枚がボーダーライン説や、そこに届かない状態でドーム公演をすると次のシングルの余力がなくなる説、あながち間違いじゃないのかもしれない。今年の公演先は、もしかしたらそういうことなのかもしれない。

 

ならば。

 

全ファンが各々たった一枚追加するだけで数万枚売り上げが伸びるじゃないか。例えそれが現実的な案じゃなかろうと、その心意気を秘めてフラゲ日に一枚追加しようじゃないか。

 

NEWS担になって初めて、そんな意識が芽生えました。

FC二年生になったしね!えっへん←

 

お金を落とすことだけがファンが彼らに対して出来ることだとは思いたくないけれど、手紙書いたりテレビリアタイしたり局にメールしたり葉書書いたり雑誌のアンケート答えたりツイートしたり色々あると思うけど、

でも売り上げ=活動の大きさなんだ。それは揺るがしようもない事実だ。

 

 

 

それと並行して、

古巣の今年の再始動。

 

休止期間中はどうしても他Gに人は流れて行くから、時勢に乗った若いGが今凄く強いから、その母体ではあるけど果たして今実際の需要はどうなんだろう…?なんて遠巻きに眺めてる。

昔々の危機/休止の時は、追い迫る後輩Gなんてまだなくて、みんな彼らだけを切実にただひたすらに待ってたから。

 

継続は力。続かないと、零れ落ちていくものが絶対にある。

だから、沢山の先輩後輩Gに囲まれる中で休止を繰り返したNEWSの道の困難さを、現状の厳しさを、先行きの険しさを、改めて思う。

 

続いていたら地力が違ったかもしれない。

でも続いていたら、きっと惹かれてなかった。

 

歌い直しが今嬉しい。

古巣ではオリジナルとの違いが辛かった。

 

そんなダブルバインド

 

 

私が入った10年前はきたえーるだったグループが、今はドームでコンサートをしてる。

福住駅からベソベソ泣きながらドーム魂に向かう夢を叶えるためには、私には何が出来るのかな。

インフルエンザ悲喜交々

 

北海道はevery.がほぼほぼ見られないので、小山キャスターのインフルエンザ罹患をTLでかなり遅れて把握。

忙しい日々の疲れが出たのかな。

ゆっくり休んで、お大事にして下さい(っω<。 )

 

昨年末、長女とうちの小山担というインフルエンザな2人に挟まれて毎晩寝てても伝染らなかった私の異常な頑丈さを、僭越ながら慶ちゃんに幾許か分けて差し上げたいくらいです。

整形的にはポンコツだけど(職業病)、内科的頑丈さで言えば、私の丈夫さは私の仕事に本当に向いてる。

毎年毎年仕事で散々接してても今まで一度も罹ったことないから、今回も伝染る気がしねぇな!って隔離も何にも特段対策しなかったら、本当に伝染りませんでした!(←いや対策しろ)

せめてマスクくらいはさせよう….と思ったのですが「暑い!」って投げ捨てられたし('、3_ヽ)_

数年前、「家に赤ちゃん(←現小山担)がいるのに、どーこからインフルエンザ貰って来やがったぁ?!?!怒(屮゚Д゚)屮 」って怒りの完全隔離の刑に処された夫は、今回ほぼ無対策なことに大っ層不満気でした笑。

ワクチンを打っているとは言え、インフルエンザワクチンは重症化を防ぐ物であって予防効果は持ち合わせてはいないので、要は私のキラーTやNKやマクロファージさんが鉈ふるいまくってエゲツないほど強いのかしら??( ◜◡◝ )と、はたらく細胞を読む度に思います。

(私の推しは好中球)

推しのサイトとあまぞん貼っとく)(・∀・ )っペタ

はたらく細胞|月刊少年シリウス|講談社コミックプラス 

はたらく細胞(1) (シリウスKC)

はたらく細胞(1) (シリウスKC)

 

 ちなみにインフルエンザ編は1巻|ω・)

 

 

….と大きく脱線しましたけれども、担当の現状は分かる範囲でだけでもお伝えせねば!と思い、ごくごく軽ーく世間話のつもりでうちの小山担に慶ちゃんのインフルエンザ罹患を教えたら、

 

 

 

うちの小山担、大号泣

 

 

 

みるみるみるみる目に涙が溢れ、ボロボロボロボロ泣き出して、全っ然泣き止まない。しまいには、わーわー泣いてる。

 

ピュアさをとうの昔に失った母は、えっ?!?!死に至る病じゃないよ?!?!君も年末に罹ったじゃないか?!?!ちゃんと治るよ?!?!一体何で泣いてるんだ?!?!って困惑。

ほら、慶ちゃんもリレンザひゅー!って吸ったかもよ??お揃いかもよ!!やったね!!!!って宥めすかそうとするも全く無効(そりゃそうだ、あやし方ヘタクソか)。

 

こりゃ小山担の感情を言語化してやらないと泣き止まないパターンだぞ、と色々試しに試し、「インフルエンザの辛さが自分にも分かるだけにもの凄く心配、可哀想」が正解という所までは漕ぎ着けました。

 

うちの小山担のこういう所、はー、無償の愛だねー….って思って、雑念と煩悩に満ちた自分を振り返って反省することしきり。夫を個室に閉じ込めて徹底隔離した過去の自分の非情さもちょっと反省。いや必要な処置だったし、きっとまたやるけれども。

これも職業病ですが、小山担たちが少々体調を崩した程度では、仕事モード発動して「うん、これくらいなら大丈夫!」「この程度なら全然様子見れる!」っていう対応をすることが非常に多くて、でも、「大丈夫?!」「どうしよう?!」「病院行かなきゃ!!」ってあたふたと全力で心配される方が子どもは嬉しいのかな、なんて、おいおい泣くうちの小山担を見ながら考えました。

オロオロする暇あったらサクサク対策考えちゃうから、そんな猿芝居出来ないけどね!!!!⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾

 

泣いてる理由が分かった所で小山担の心配が解消されるわけではなく、「小山くん可哀想!!!!」とややしばらく泣き続けていましたが、ハッ!と閃き「慶ちゃんの側にはみるくちゃんがいるから大丈夫だ!!!!」と伝えたら、ビタッッッッと泣き止みました笑。

ねこのぬいぐるみを引っ張り出して「この子みるくちゃんにする!!」とケロッとニコニコ、拍子抜け。

神さま仏さま、みるくさま。我が家の平穏にも一役買ってくれるみるくちゃん、有り難や有り難や。

NEWSICAL

 

当日から書き始めていたはずが気付けば年跨ぎですけれども、NEWSICAL所感。

 

 

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FNSでの披露は何だか誇らしかったのに、

東西南北、全く違う四方に個性が鋭く突出しているNEWSだからこそ出来る、NEWSにしか出来ないことだと、ただただ誇らしかったのに、

クリスマスの真夜中に1日遅れで届いたプレゼントは、局も15周年記念を謳ってくれていて、挑戦や努力や経験や困難といった裏側までまるっと見せてくれていて、紛れもなく生身の彼らがそこにはいて、

録画して何度も見て!と自担が話していたにも関わらず、

どうしたって感謝とか感激とか感動が溢れ出してしまうから、心して見なければ心がいっぱいになってしまって画面が涙に沈んでしまうから、

実はまだ本放送のNEWSICALを見直すことが出来ていません。

 

沢山のファンの沢山の要望が、多くの局を動かし多くの地域での放送を実現させたことも、その涙に拍車をかけます。

 

もたもたしているうち、シゲの着ていたジャケットがドリスヴァンノッテンと言うことも今更把握し、アントワープの?!?!「人生だね」の?!?!って脳天に電撃くらって、各ラジオでエピソードがそれぞれ語られ、涙の理由ばかりがまたひとつ積み上がっていきます。

 

 

 

 

 

帰ったらNEWSICALだ!とウキウキ仕事を終わらせたはずが、いざ帰って来てワクワクと家事やら何やらを終え、ささっと小山担たちを寝かせて自分の時間になったら、

 

クリスマスの深夜、

ソワソワが止まらない。

 

テレビの前を、動物園の檻の中のネコ科の猛獣よろしく、右へ左へウロウロウロウロ。期待と緊張でパンクしそうで、座って待つ、ということが全く出来なくなりました。

 

ウロウロ徘徊しないで腰を落ち着けるためにとにかく「座る理由」が欲しくて、

日付けが変わってもNEWS担にとってはまだクリスマス延長中だから!!!!

NEWSICAL放送おめでたいから!!!!

とか色々言い訳しながら、年越し用・お正月用にと買ってあったはずのワインを開栓しました。(こっそり補充して揉み消そうと思ったのに翌朝あっさりとバレる←)

 

緊張や動揺を呑み下し、万全の体制で待機したつもりになっていましたが、自分が呑むと割りと泣き上戸なことをすっかり失念していました。コレほんと大誤算。

 

過去最高にNEWS愛が爆発しました。

 

ここまで?!?!と思うほど舞台裏を見せてくれることに、NEWSICALに注ぐ努力と熱量と全力さと愛に、本編前から既に感謝と感激でずっと泣いて、FNSの下りで号泣して、本編で泣き崩れました。

 

素晴らしかった。

あぁ、やっぱり大好きだなぁ。NEWS担が如何に幸せか身を以て知っていたはずなのに、知ってた以上に幸せだなぁ。知ってたつもりになってたんだなぁ、こんなに幸せだったんだなぁ。NEWS担になれて幸せだなぁ。って、ずっと泣いていました。

あぁ、愛されてるんだ、って心底思いました。今までだって何度も何度もそれを伝えてくれているのに、ライブのように直接目の前にいるわけでもないのに、何故か過去最高にNEWSからの愛を強く感じて、そのことへの疑念の余地の無さも同時に感じて、突然腑に落ちたように強く感じて、私も「NEWSが愛するNEWSファン」の一人なのか!って真に迫って、愛されているっていうことに確信を得たみたいで、泣きに泣きました。

 

それは、不特定多数のファン全体に向けたものではなく、個々のファン一人一人に向けられたものだ。

 

酔っ払った頭でそんなことを感じながら泣きました。

 

FNSのショートver.を何度も何度も繰り返し見ていたから歌詞とか台詞とか分かっていて一緒に歌えるのも嬉しかったし、未公開部分も嬉しかったし、終わっちゃったのにこれから何かが始まるみたいな、ここから15周年イヤーが始まっていくみたいな、わくわくした視聴後感。

1時間と言わず余すとこなく全てを何時間でも見たい所ではありますが、でもたっぷりな内容に大満足でお腹いっぱいの視聴後感。

充足感が凄まじくて、そう!これが見たかったの!というフィット感が凄くて、不思議な気持ちになりました。

 

本放送を見た後そのまま泣きながらFNSを即見直したら、N悔しかったかなとかでも体調不良のせいにはきっとしないんだろうなとか、フルver.とは一味違って生の疾走感が凄い気がするなとか、本編でLPS歌詞の字幕出してくれたのは愛だなとか、色々思ったのですが、

何より、

FNSでは真っ直ぐ受け取ることに照れ臭さがあった投げキッスを、本編では画面越しに目を合わせて素直に受け取れていたということにハッと気が付いて、

それはNEWSの愛を改めて体感したからに他ならなくて、

NEWSファンはNEWSのみんなに愛されてるんだな、ってその愛を完全に信じて疑わなくなったからで、

翌日休みなのをいいことに、眠れる気配は吹き飛んで、二重がなくなるほど号泣しました。

 

頭の中お花畑だっていい、私は脳内麻薬を甘受します。

 

そして、感情の針がどう振り切れるか分からないから、冒頭の「NEWSICALを見直すことがまだ出来ない」に戻ります。

 

 

 

 

 

終始そんな調子で降り注がれる愛に涙に暮れたNEWSICAL。

それと同時進行で、頭の隅っこ、意識の隅っこでは、シゲのプライベートファッションにひっそりと着目していました。

あんなにわんわん泣いてた割に頭にこびりついていて、ファッションに詳しくもないくせにすっごい見ていたようです笑。

今の私服は黒無地が多いのかな?グリーンマイル稽古の時カッコ良かったなぁ(脱線)って何となく思い込んでいたので、結構意外!!嵐さんのコンサート見学の時のキャメルのコートも意外!!

でも黒ベースじゃない時も黒ベレーとか黒スヌードをポイントに使う所が、自分に似合う色を分かってる!!(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾って思って、それはそれはジタバタして、振り幅ありつつ黒をポイント使いする所に、ブルベ冬!!正解!!優勝!!私はイエベ秋だけどな!!自担と一緒じゃなくて残念!!って悶えました⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾笑

シゲがモノクロで慶ちゃんが茶系の服を着ている場面の対比も素晴らしく良かったです♡本っ当シンメ♡(*´艸`*)

泣いてるくせに一人二重音声状態で、終始、シゲ黒似合うわーーーー….(溜め息)でした笑。

 

 

 

 

 

備忘録

カウコンビジュアルの衝撃と余韻が凄まじくてほぼほぼ(∵)のことばっかり書いてましたが笑、JUKIのミシンを踏む姿に「じゅ!!!!う!!!!き!!!!」って死ぬほど悶えたことを書き忘れていたので追記▽リ`▽´ノリ

LPS

 

 

小さな愛を抱きしめてる

 

小さな愛を抱きしめたら

 

 

 

LPSフルを初めてKラジで聴いた時、この部分の歌詞に、コヤシゲではなく、榊英雄さんが突然脳内に鮮やかにお出ましになりました←

 

それぞれ、

屈んで俯き両手を重ね 包むように指輪を握りしめる榊英雄と、

真っ直ぐ前を見据えて 指輪を差し出し両手をそっと広げる榊英雄

 

昔のCMの映像が甦る。どうしても思い浮かんで、最早パブロフ。LPS→デビアス榊英雄。カッコ良くて大好きなCMだったんです。

 

ひと昔前のデビアスのCM、ご存知でしょうか。今やデビアスが日本撤退した時代ですから、ひと昔前が過ぎるのか、大好きだったのに画像見つからず(っω<。 )今、俄然CM見たくなってるのですが、本っ当見つかりません。何故。見られないことが今あまりにもツラい。

 

大事だから包むように隠すように、深く深く、愛おしそうに大切に、ともすれば内向的に抱きしめるシゲと、

その抱きしめているモノを、大事だからこそ問い掛けるように見せてくれる慶ちゃん。

包み込んだ愛はどんどん深まって、開いた掌に乗っていた愛はそこから拡がっていく。

 

たった二文字の語尾の違いのはずなのに、私の思い浮かべたそんな拙いイメージは真逆で、

真逆こそがまさにコヤシゲイズム、

歌詞も歌割りも、天才!!!!

⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾

ってLPS聴くたび悶えます。

二番の入りのシゲのブレスと、甲乙付け難いほどに悶える。あのブレスも性癖過ぎて非常にしんどい_:(    _ ́ω`):_

 

いや、やっぱりブレスがブッチ切り一位だな!!!!(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾の気持ちと、やっぱりコヤシゲ歌割り天才!!!!⁽⁽꜀(:3꜂ ꜆)꜄⁾⁾の気持ちと、デビアス榊英雄はどこにいるんだ!!!!(屮゚Д゚)屮 の気持ちで忙しいここ数日。

 

 

 

 

 

26日早朝に追記。

LPS MV解禁の朝。

慶ちゃんがNEWSICALラストにトンって置くハートや、歌番組で飛ばしてくれるハートは、こうしてMVに繋がっていくんだね、拡げていくんだね、って咽び泣く。

 

遊び紙とプロトタイプ

 

 

本を読んで、装丁、しかも遊び紙に泣かされるなんて、思ってもみませんでした。

 

 

Age22を最初に手に取った時、妙に気になってはいたんです。

艶やかな光沢のある遊び紙なんて珍しいな、って、何か引っ掛かって。

 

薄紙だったりすることは時々あるけれど、チュベローズの内装がこんなイメージなのかなぁ、なんて思いながら、その次の扉を開きました。

 

だけど、チュベローズは木目の壁。

 

ありゃー外したかー!笑と思いつつ、夜のイメージ、夜の仕事のイメージ、ホストクラブのイメージからインスパイアされたのかなぁなんて考えつつ、ぐいぐい話に引き込まれるうち、Age32の最終章までその引っ掛かりのことをすっかり忘れていました。

  

タウンメーカー第2プロトタイプの描写が現れるまでは。

 

その描写が現れた時、サラっと書かれているのに心臓掴まれたみたいにビックリして、その既視感に泣いて、遊び紙のページまで戻ってまた泣きました。

 

真偽のほどは分かりません。でもこの遊び紙、タウンメーカーの表面とそっくりな気がして。これも広義の伏線みたいで。

まるで、子どもの頃、はてしない物語のあかがね色の表紙の、2匹の蛇がお互いの尻尾を咥えた、アウリンの模様に恐る恐るそっと触れた時みたいで。

 

 

装丁も含めて大好きという本は多々ありますが、私の拙い思い込みかもしれませんが、チュベローズの装丁とその時動いた気持ちも、私にとって特別な大切なものになりそうです。